2010年02月12日

加瀬さんのインタビュー

J友さんのサイトで教えてもらいました
読売新聞のメルマガみたいですが、記事は会員登録しなくても読めます

JULIE WITH THE WILDONES にかける思いを
加瀬さんが熱く語っておられます
そうか、中高年が元気になれば老人医療費も縮小できるんだ!
聞いてる? 政治家さん!

若い人の歌はオーダーじゃなくて既製曲なんですね
だから歌詞やタイトルが(私にとっては)トホホな感もあって当然
ジュリーのために作った曲じゃないからね^^

ヒットメーカー加瀬さんが選びに選んだ曲
アルバムも楽しみになってきました

posted by メイ26 at 18:30| 兵庫 ⛄| Comment(10) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2009年12月21日

音楽専科2003年7月号(終)

年末休みはないので、水回りなどぼちぼち掃除を始めております
長年ためこんだアカを力一杯こすりたおして、腕と腰がガクガクで
長文を入力するのが辛いです
なので、インタビューはまだまだありますが、強引に今回で終わります^^
ええ、完結させてみせますとも。

人にどう思われるか、ということは気にされるほうですか?

若い頃は気にしましたよ
もともとは楽観的な方で、落ち込んでノイローゼになるほどのことはない
あと、天の邪鬼なところがありますね
「いいわ」って言われたら「どこがええんや?」って思うし
「華麗なジュリー」とか言われると「ヒラメでもええわ!」
っていうように思うし。 ←皆さんここ笑うとこですよ~^^華麗なるオヤジギャグw
何か褒められると“そこ落とし穴がある”と思うたちですよ
でも、見放されるとか、へたくそって言われたりとか
そういうのが文字になったり、言葉で聞こえてきたりすると
そりゃもう嫌だったですよね
そういう時には「あと10年」と思って
「10年待ってくれたら見方が変わると思うよ」
と内心で言いながら頑張ったり

セルフプロデュースについて

プロデュースというか
好きなことしかしないっていう事でやってるんですけどね
いい悪いじゃない。
“いい物ができた”というのはあくまでも結果がでた時ですよね
売れるとか、賞を取るとか
そういうことがあった時にはじめて“いい”と言われるんだろうし
またそれとは別に“正しい事”というのがあるのかもしれないし
(何を根拠にやるかというと)結局、自分の好みですよ
僕らがやってる事も
聞いたり見たりしてくれる人の好みやないですか
「何のために見に来るんや?」っていったら
「好きやから来るんでしょう」という事でしかないもんね

タイガースの頃に学ばれたと思うのはどんなことですか

言葉はおかしいけど、一流の体験をしたということですよね。特級の
マスコミを利用していろんな事をやるという
多分にみんな欧米でやってることを真似してたんだと思うけどね
後楽園球場で初めてコンサートやったのもタイガースだったしね
あの頃は外野席にお客さん入れないでやってましたから
セカンドベースの辺りに舞台を作って、内野席の人に向かって歌う
後ろはガラガラなんですよ
それもテレビで生中継するとか。すごい経験をしてきた
酷い経験はあまりしてないんでね
それがウィークポイントと言えばウィークポイントかもしれませんけど

沢田さんが歌い続けているのは、もちろん好きだからというのは
あるんでしょうけど、天職という風には考えていませんか?

それはないですね
やっぱり普通の人が仕事をやっていくような感じで
好きだけど、好きなだけではやっていけない
努力だけでも駄目。才能も必要。いろんな事がある中で
「やっぱりこれしかやれんもんな」って感じですよね
かといって天職とは思わない
どっちかっていうと「こういう世界は向いてないほうやで」
って思いながらやってるのがちょうどいいのかもしれない
時々天狗にはなるけれども。
でも、よう考えたら
「人のおかげで今日まできたんやないの」みたいなとこがあるから
これからは自力で頑張ろうと思ってるんですけどね

以下プライベートな質問に入るのでカット(^_^;)

いちばん気持ちのいい時間というのは何をしている時ですか、と聞かれて

「お酒飲んでる時ですね」と即答しておられます


これだけはかわらないみたいです
飲みながらでもいいから仕事用の服にはアイロンかけてね~




posted by メイ26 at 00:13| 兵庫 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2009年12月18日

一回休み

だって寒いんだも~ん(>_<)

というわけではありませんが。今日は寒かったですねー雪
“この冬いちばん”という形容詞をまさに体感した今朝の通勤時
手足が凍えるようでしたわ~

音楽専科の記事写真は載せないつもりでしたが
撮影が「僕は歌うよ」の安珠さんだという情報を得ましたので
一応ご紹介。
anju.JPGこんなんです。もっとよく見たい人はご自由に^^

背景の青空はとてもきれいなんですけどねぇ…
「新・センセイの鞄」の役作りかとも見えますが
6年前の写真です~
posted by メイ26 at 21:43| 兵庫 ☀| Comment(10) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2009年12月17日

音楽専科2003年7月号 その3

長いインタビューなので、かなりはしょっています
拾い出す部分は、ジュリーが頻繁に語ってなくて、私がへえぇ~と思うようなところです
30代のインタビュアーの続き

僕が高校生の頃の沢田さんは“ロックの人”だったんですよ
一般的には「ロックだ」って言ってロックにこだわるアーティストが多いのに
沢田さんは、歌謡曲なんだ、というようなこだわりがあるみたいで。

やっぱり出発点ですよね
ロックンロールが好きで始めたわけでもないから
たまたま誘われてバンドで歌い出して。タイガースの前
タイガースになる前のおじさんバンドで
おじさん達、ビートルズのレコード持って行っても
ろくにコピーしてくれないんですよ
だから昔のロックンロールを歌うとかしかできなくて
そうかと思えば歌謡曲っぽい歌もうたったりして
僕は“歌謡曲の中のロックっぽい人”でしかなかったんですよね

世の中にはロックである事が格好いいという
そういう風潮はあったと思うんですよね


なんか「体制とは違うところにいる」という
「反体制とまではいわないけど、違うところにいる」っちゅうね
(中略・歌謡界の流れがあって)
そこからギターの普及が本格化して、コンピューター系統が普及して
(ロックの)人口がものすごく増えましたよね
そうなった時に先に走ってる人というと
裕也さんが筆頭だという感じが僕の中にあって
間にちょちょいのちょいで僕やん、って感じですよね
歳は上でも、僕よりデビューが後の人がほとんどですから


そうですよね。だから沢田さん、格好いいと思うんですよね

気分はロックなんだけど

ロックにこだわらない


そう。(裕也さんのステージで)
やっぱ笑いの要素があるんですよ、30分のステージの中で
なんかギャグで落とす、みたいな
もちろんギンギンになって
「シェキナベイビー」って言ってる裕也さんも格好よかったけど
そういう押し引きのセンスが格好いいなって思ったの
今なんかでも、なんでもかんでもシャウトしてるみたいに見えるけど
よく聞いてたらおかしいこといっぱい言うてはるねん、あの人
ああいうセンスっていうのは今もなくなってない
昔からあったセンスなんですよ
そういうのが格好いいなって思ってたし
そういう意味での歌謡曲、という言い方なんですけど

エンタテインメントという

日本人にはこういうもの(歌謡曲)が身に付いてるって思ってたんですよ
ところが、音楽をずっと続けてきて
時代的に一回り以上離れてくると
英語の発音もリズム感もめちゃくちゃよくて、そらもう作る歌が違うもん
僕らもう歌えないですもん。宇多田ヒカルなんて歌えない
歌おうって思わない。戦意喪失させられるもん

吉幾三さんに曲(「恋して破れて美しく」)書いてもらったりとかいうのは

あの人が歌うから歌謡曲、演歌に聞こえるけど
メロディは別になんもかわらへんやん。という
多少は自分なりの譜割に書き換えさせてもらってはいるんだけど

いや、あの歌は充分演歌に聞こえますけど~(^0^;)
ロックンロールという音楽形式ははっきりとしてるんだろうけど
“ロックシンガー”の定義は人それぞれかもね
自分がいちばん、自分が最初、とか公言する人がロックなのかしらね~ ←ちょっと毒^^
posted by メイ26 at 23:28| 兵庫 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2009年12月16日

音楽専科2003年7月号 その2

20代のインタビュアーの最後の質問
今後の人生で、沢田さんと音楽の付き合い方って
どういう感じになっていくんでしょうか


漠然と考えているのは、アカペラというのが正しいかどうかわからないけど
歌だけうたうというふうになりたいね。演奏はいらん
全部自分で口三味線でイントロやって
ポンとかフンとか言いながら歌っちゃうみたいな
そういうシンプルなものになると思う
自分にとってそれは過激な感じで
たとえば大オーケストラで、ギター何百人も従えてやるより
歌だけ歌っている方が、自分にはいろんなギターが聞こえるという感じで
まあ現実にはそんなことありえないと思うんだけど

最後の1行はどこにかかっているんでしょう?
ないはずのギターが聞こえるという幻聴のことか、口三味線だけで歌うということか?
でもこういう考えを持っているってことは
鉄人バンドが力尽きて倒れてもオレは最後まで歌うぞ!という決意と受け取っておきますv


続いて30代のインタビュアーの質問です
テレビ出演について

最初はそうでもなかったんですけどね。出ててしんどい
テレビに出たからといって今までファンじゃなかった人まで取り込める
という幻想はあくまで「幻想」でしかないと思ってるし
ひさしぶりだから、歓迎してくれるんだったら出てみようか
と思ったけど、行ってみたら
歓迎されてるわけじゃないというの感じたしね。厳しいですよ

ジュリーも言ってるけど、この頃歌をうたいに行く番組は少なかったですね
バラエティばっかり出てるジュリーはつまらなかったです
私ももう、歌以外のことはテレビでやらなくてもいいと思う


タイガースの同窓会コンサートについて

やりたくてやったわけではないよね
タイガースをやったことに関しては僕の中では恩返しというのがあって
自分の姿が今あるのは、あの人達が誘ってくれたという事にあるわけですよ
実際にはサリーとタローだけだったらしいんですけど。
ピーとかは嫌がってたらしいんですけど
まあ恩返しと思って。

その前から、渡辺プロもタイガースの事に関しては
出版権以外のこと以外には別になにも言わなくなって
そんなに表だって売れるわけじゃないから。
だから“コマーシャルに使う”とかそういう話があるときには
いちおうみんなの意見を聞いて、ということになってて
僕の所にも必ずお伺いを立ててきてたんですよ

(タイガースを)やろうじゃないかという話が出たのが82年で
「まあ、(解散から)10年位たてばいいか」と
その前に“復活”ってやってるグループもあったんだけど
うちは僕が“やらない”って言ってて

自分が現役で歌っているから(タイガース復活は)やりたくない、とは言ってましたね~
でもジュリーが現役最先端だったからこそ盛り上がったのも事実ですね
それにしても、やっぱりピーやトッポはジュリーを誘うのに反対してたのか(>_<)
それがちょっと気になってたの。今はどうなん?



posted by メイ26 at 23:24| 兵庫 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2009年12月15日

音楽専科2003年7月号

「明日は晴れる」が発売された頃のインタビューです
20代、30代、40代の3人のインタビュアーが質問するという企画ですが
ジュリーは誰に聞かれても答え方は代わらないと思うので
あんまり意味のない趣向かと^^

35年突破記念アルバムについて

35周年というのは35年目なの?35年たって36年目なの?
とかいろいろ考えているうちに(35年を)突破しちゃったw
でも「一応区切りをつけておかないといけない」と思ったりして

25周年の時にジュリーマニアをやって

その時に考えたんだけど
5年ごとにそういうことをやるのも能がないと思って
それはもう気持ちだけでいい、と
あとは還暦の時になんかやろうかな、とか

5年前から考えてたんですねー
ステージでも言ってたと思うんですが、遠い未来のことだと思って
あんまり真剣にきいていなかったなあ


「明日は晴れる」の頭4曲はすごくパワフル

一般的な、みんなの印象からすれば“まだやってるの?”
と言われるような感じのもの
こういうのはもうすぐ出来なくなると思うんですよ
聴く人に「もういいよ」って言われるのかもしれないし
まあそれまでは、できるだけ引っ張って引っ張って
ライブでも「走れるうちは走っておこう」と
突っ立って歌うのはいつでもできるし
座って歌うのはもっといつでも出来ると思うし

60過ぎてまだ走っているとは自分でも予想していなかったかもしれませんがw
この時のバンドはギター2、ベース、ドラムですが

本当はもっと過激にして、ベースも抜きたいぐらいなんですけどね
「ベースがなくても歌えるぞ」みたいな
そこまでいけば歌がよく聞こえていいだろうな、とか思うんですけど
ギターを1本にして、ベースを抜いてピアノを入れるとか
そういうのもいいなと思う

実際にこの後、ベース抜きピアノありの編成になるわけですが
下山さんも外されるところだったのね~
生き残った理由はなんだったんでしょう(^0^;)
しかしベースがあると歌が聞こえないんですか?
それってジュリーの耳のことだと思っていたけど、お客さんの耳のことだったの?


ギターサウンドに対する思い入れ

僕がいちばん好きなのが“鳴き”の部分
ギターが“鳴く”というか“唸る”というか。
なんともいえない音が出るというのが、僕にとってのギター
特に最近はそっと弾いて欲しくない
ギターはそんなに優しく弾くものじゃない、と思うところがあって
“大人っぽい”とか“洗練されている”とか
そういうところからちょっと外れたい

ということですw

女性に作詞を頼むことについて

男の人が書くと、字面は男くさいんだけど中身は女っぽい
自分も含めてそうなんですよ
女性はかわいい言葉を使ったりするし
女性の見方でどういう男が素敵かということを書いてたりするわけだけど
僕はその女の人の詞の方が男っぽいと思う
潔いというか、すっきりしてて気持ちいいんですよ
まあたまたまそういう人を選んでるからかもしれないけど

安井かずみさんの詞なんかは「この人日本人じゃないね」みたいな
「フランス人でしょ?」みたいな
たとえば阿久悠さんだと
「そこまで言い切るのはオレははずかしい」ってことが書いてあったりして
「サムライ」なんかも「ウソっ!?」って思いながら歌ってた
でも詞に負けそう!という感じだったから、逆に頑張れたところもあって
結果オーライなんですけどね
「サムライ」はでも、今歌う時も
「こんなことを言っちゃいけない」
「世の中を見てても、男はますますサムライじゃない」
なんて思ったりしながら歌ったりするんだよね
やっぱり男の人が書いたものは女々しいですよ

サムライは女々しいですか~?
女々しいというより少年(青年?)の夢想というか^^
小説なんかだと、大人の女性に「フン!」とかあしらわれたりするんですが
そういう子供っぽさを「可愛い」と思う女もいますよ
ま、安井さんについては


あの人の詞は願望がほとんどみたいでね
男に“そうあってほしい”とか
“私に対してはそうして欲しい”とか
個人的な付き合いもあったからよくわかるんですよ
「危険なふたり」なんか、“年上の女、美しすぎる”って
自分のことを歌わせている(笑)
僕はそれをわかっているから
「それを歌わせるか!?」って思いながら歌っていたんですけどね

「?!」と思いながら歌っていたとは思えない表現力ですが^^
危険なふたりの“年上の女”は当時はエミさんのことだと思われていたんじゃないかなあ

まだまだインタビューは続きます
写真もついていて、ジュリーはたぶんお気に入りだと思うけど
私には「どこのジーさんやねん?!」としか思えないので割愛します(-_-)


posted by メイ26 at 22:34| 兵庫 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2009年10月10日

真弓監督にエール

スポーツ報知より
 ↓ ↓ (他紙にも同様の記事が掲載されています)
沢田研二、阪神・真弓監督にエール「来年優勝して」

ああジュリーも昨日悔しい夜を過ごしたのね~


って。これ「春団治」の制作発表じゃないの?
スポーツニュースとして紹介されてるんですけど(;^0^A

それでいいのかジュリー?
それともほんとうは阪神のCS出場へのエールを送るつもりで
この日を選んだのかしら


※注:「悔しい夜」に関するコメントは無用でございます(T_T)

posted by メイ26 at 21:41| 兵庫 ☀| Comment(10) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2009年05月01日

今日は記念日じゃないけど

朝刊でおっちゃんが熱く九条への思いを語っていました
501 003.jpg

「正面切って訴えていこうとは思わないんです」
と言いながら、かなりストレートです
なんせ記事のタイトルは

「憲法記念日を機に、ジュリーの憲法への思いを聞いた」

ですから。

仮に宣戦布告されたら…
「ぼくら年寄りは手を挙げても、もう行かせてはもらえない」

行かなくていいっ!!

行かせてもらえないじゃなくて
年寄りが礎石になるんじゃなくて
みんな行くな!みんなが抵抗すればいいのだ!

「こういう歌を歌うこと自体、僕には似合っていないのかもしれない。
 でも、何か言わずにはおられない。もどかしくてしようがない」

ジュリーの周りではそんなに危機感が強いのでしょうか?
言ってる内容がどうとか、じゃなくて
たくろうとか泉谷とかの発言なら別になんとも思わないんですけど
どうもジュリーの政治的発言には抵抗があるのよね~

なんやかやといいながら心のどこかで、
世俗に染まらない王子様でいてほしい
という願望があるんでしょうかねえ

記事の冒頭に
「改正論議もある九条を守りきりたいと歌い、コンサートで人気だ」
とあるんですけど
別にこの歌を聞くためにコンサートに行ってるわけじゃないし

わたくしは憲法の条文に関わらず、平和主義です。念のため



posted by メイ26 at 18:45| 兵庫 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2009年03月10日

1973年THE VILLAGE④

今一番好きなグループは
やっぱりストーンズやね。見てないけど。来るでしょう?死んでも行く!(笑)
でもミックジャガーには会ったんですよ

ロンドンに行った時、日本レストランみいな所に行ったんですよ
そこに日本人のおばさんがいてサイン帳がおいてあるわけですよ
で、それを見てたらヨーコオノとかジョンレノンとか、たくさん書いてあるわけ
もう、おばさんに誰か来たらここに絶対電話してくれって言っておいたわけ

このへんの話はジュリーの口調そのままで憶えてます
コンサートやラジオで何度も熱く語ってました
ミックさんとかニクジャガとか言う人がきてはりますけど ←関西のおばちゃん?
という電話をもらって飛んでいったジュリー

マリアンヌ・フェイスフルと二人で来てたんですけど
サインしてくれ、って言ってもああいうところだからうさんくさそうにしてるんですよ
だから、日本から来たこういう者だけど、何か欲しいものないかってきいたら
「ジャパニーズナイフ」日本刀ですよね
「ああ、送ります。住所教えてください」って聞いてきて、まだ送ってないの(笑)

送ろうとはしたけど、刃物は手続きが面倒そうなのでやめた、と言ってました^^
あと、ネクタイにサインしてもらったけど
「綴り間違えよってんアイツ」
TIGERSをTYGERSと書かれたので「チャイガースやがな!」って

一人の時は何をしていますか ←唐突に質問をかえるインタビュアー(^^ゞ
何もせんことが多いですね
テレビ見てたり、ラジオ聞いたり、曲作っていたり、そんな所ですね
それと違うんですけど、道楽はあるんですよね
ギター集めるのが好きでね。僕はひけへんのやけど(笑)
今持ってるのがエレキ2本、ギブソンのセミアコースティックとアコースティック
エレキとウエスタンと両方いけるのと
マーティンの12弦ギター、フェンダーのウェスタンギター、ガットギター
今マーティンの6弦ギターが欲しいんですけどね

意味もわからず書き写している私(笑)

みんなから宝の持ち腐れや、言われるんですけど
ちゃんともととってますから。作曲の印税で(笑)

ただしこれらのギターは、離婚するときにほとんどおいてきたそうです
「しゃあないやん。置いていけ言われたんやもん」
という言い方にドキっとしたのは私だけかしら~

今いちばん仲の良い友達を教えてください
PYGのメンバー、タイガースのメンバーはひとつに数えて
あと加瀬さんと裕也さん、それに京都のメンバーかな
全部で10人ぐらいですよ。割と少ないですね。友だちは
あとは友だちというより知り合い。

今一番歌いたい歌は
自分でステージで歌えるようなものですね
ホント最近は自分で作りたいと思うんですよ。人の作ってくれたのは歯がゆいから
でもあまり思うようには出来ませんね(笑)

「青い鳥」はジュリーにとって何ですか
自分の中にあるというのかな、そういう気もしますね
でも、あまりああなりたいこうなりたいという大きなものはあまりないんですよね
どこまでやれるかとか、どこまで大きくなれるだろうかという目標でやってるんで
青い鳥は自分の中にいるというか、キザに言えばそうなるんでしょうね
自分が青い鳥にならなければいかんかと(笑)
でもあまり口に出してもなあという感じですね

意外に照れ屋なんですね
わりと照れますね。
闘志だとか抱負なんていうのは、自分の内側に置いておきたい方だから
面と向かって「今年の抱負は?」なんて言われると
「ハイ、がんばります」なんて言えないんですよ
まるでどうでもよくて、何にもないみたいな言い方するんですよ

結婚はどうなんですか
しますよ。たぶん5年以内に。別に年齢にこだわるわけじゃないけど、そんな気がしますね

この時24才だから、30才までにお嫁にいこうと
…じゃなくて、結婚しようと思ってたのかしら。
まあ今となってはどうでもいいことですね(^_^;)

適当にはしょりますなんて言いつつ、ほとんど全部書いてしまったわ
読む時に適当にはしょってください~

posted by メイ26 at 19:22| 兵庫 ☁| Comment(10) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

1973年 THE VILLAGE③

今日は風が強いせいか、また鼻炎復活~
きっと風に舞ういろんなものに反応してるんだろうなぁ
7時から阪神のオープン戦の再放送があるので
それまでにおおいそぎで続きを


吉田たくろう君についてはどう思いますか
はじめはうらやましいと思いましたね
ラジオが火付け役になったんでしょうけど
テレビにはあんまり出ないでしょう。
それがあんなに急にドーンと1位になられちゃうと
僕ら、なんであんなにテレビに出てんのかな、頭にくるなと思いましたね
うらやましいんだな
だって僕のはまだ1位になったことないですよ。最高4位だし
その上がり方にしても、40位、30位、10位、4位なんて小刻みでしょう
それがたくろうさんみたいに40位7位1位なんていう風にやられると
もう、やっとれんわ(笑)

ショーケンがファンについて、無責任で信用できないと言ってましたけど
ファンについてはどう思いますか
ショーケンの呼ぶ、そのファンというのは
普通テレビを見ていたりという一般的な大衆という人たちだと思うんですよ
でもラジオ局まで来てくれたりする人は、普通のファンとは違うと思うし
僕のことをいちばん好いてくれている人たちだろうし
中には、僕がいちばん歌のうまい歌手だと思ってくださる人もうるだろうし(笑)
そういう人は違うと思いますね
そういうんじゃなくて、冷静に見つめる人はわりと無責任だと思いますね

あくまでも1972年12月時点でのジュリーの気持ちですからね~
今もそう思っているかどうかはわかりませんよ^^
ちゃんと自分でフォローしてるけど ↓

とはいっても、僕が今言ったファンの人たちの存在も
そんなにいいことばかりかどうかは判りませんけどね
何か曖昧ですね。自分でそう思いますよ

でも、僕は思うんですけど、ファンに対していつもいつも感謝してばっかり
というわけにもいきませんよね
「ファンがいてくださることに感謝します」
というのはひとつの信仰だとは思うんですけど
いつもいつも何かあるたびに「お客様は神様です」なんていうのも白々しいしね
やっぱり感謝するということはしてるわけですよ。こういう世界の人は
それは心の中にしまっておればいいんであって
それを一番最初にいつもいつも口に出して言っちゃうとわざとらしくて
自分の方が先にしらけちゃうんですよね、僕の場合

そんなこと口に出さんといかんのかなって考えるときもあるんですね
アイツは冷たいとか生意気だって、余り言われ出すと、やっぱり考えますね
ファンがありがたいのは当たり前だと思うし
そんなことわかってるくせに、これはこうでこうだから
だからファンの皆さまありがとう、なんてことが義務みたいになっちゃうと
これはもう歌歌うのが本職か、挨拶するのが本職なのかわからなくなっちゃうしね

逆に言えば、ファンの人たちが無責任な方が僕はいいと思う気もしますね
その方がやりたいことができるというのはありますね

今私が冷静に見つめる無責任なファンになったから
やりたい放題なんやろか(^0^;)

ナイトクラブみたいなところで歌おうという気はありますか
いずれはやるかもしれませんけど、ショーの構成とか時間とか、条件にもよりますね
僕にはあまり向いてないんじゃないのかな
話はあったんですけど、今の若い人の中にそういう人がいないということでしょう

プレスリーみたいなエンタティメント持ってる人はいませんよね
わりと日本の人ってハデじゃないでしょ。見せられないでしょ
大人になると聞かせる歌手が実力歌手だなんて言われるようになるけど
レコードじゃないんだし、
ああやってるな、という感じで人を楽しませるのもあっていいと思うんですよね

T・REXはどうでした
余り感心しませんでしたね。見せるロックといっても、もっとうまい人はいますよね
僕は一番前で見てたでしょ。彼らの表情もよく見えたけど
後ろ振り向いたら、みんなノってるでしょう
やばいな、こんなのにノってくれちゃって(笑)そんな感じがしましたね
今まであんまりがっかりしたグループってなかったでしょ
ディーブパープルにしても良かったし。
なんかガッカリだねェ、あれは

posted by メイ26 at 19:10| 兵庫 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2009年03月09日

1973年 THE VILLAGE②

今までは平日ならわりと好き勝手に休めたんですけど
最近主任がうるさくなったうえに
交代で仕事をしている3人のうち、あとの二人がしょっちゅう一緒に休むので
(もとは違う部署だったのが異動で一緒になりました)
私と休みが重なると大変~(>_<)
危うく来月のドラマシティに行けなくなるとこでした
一時半開演だから出勤してたら間に合わねーー!!

もう一人の夜番の人に無理を言って代わってもらいました
なんかお土産買うて帰らなあかんな~
でもなんで私だけが罪悪感をもたないといけないんでしょう

そもそも同じ部署で二人一緒に休む方が…ぶちぶち…

不定休なのに休みが自由に取れないなんて~
ああ土日休みのとこに転職したい(T_T) 
このご時世で甘いですか?

というウツウツを忘れるために、ヴィレッジインタビューの続きです
なんかハナタレも止まってきたわ。雨が近いせいかしら


インタビューの日付は1972年12月9日です

最初にもらった給料は
手取りで6万6千円だったかな。割に待遇はよかったんですよ
その頃は給料を5等分してたんですよね
そうしたら僕はボーカルだけでしょ
サリーやタローもその頃は歌ってましたからね
何となくみんな同じ給料じゃ悪いな、なんて後ろめたい気持ちはありましたね

しかも後にはジュリーだけたくさん貰ってたらしいしv

タンバリンなんて誰でもできるもの
ああ、ギターがもっとできればな、と思ったりもしました
昔のグループはリードボーカルも何もないでしょう
ただ楽器ができないからボーカルを担当させるということですよね
だからあの頃のグループで歌い手の位は低かったんじゃないかな
でも人気はボーカルが一番出るんですよ
一番ハデだし、一人でやってるように見える(笑)

タイガース時代一番憶えてることは
いろんなこと憶えてますけど
やっぱり一番最初に、まだタイガースと名乗ってない時に
初めて新宿ACBでやった時のことですね
裕也さんなしで、ファニーズという名前のまんまやったことがあったんですよ
ブルーコメッツの代わりだったんですけど
初めての東京のステージでしょう。あがりましたねぇ
大阪でやってた時、いくら標準語で司会やったりしてましたけど
大阪と東京じゃ違うしね
しゃべっても歌ってもどうしようもなく冷静なんですよ
冷静にあがってた(笑)

それに、かつみが抜けた時のこと。あとはやっぱり解散のステージですね

泣いてましたね
なんで涙がでるのかわからなかったですね
非常に複雑な感じだったんですよ
ああこれで解放されるのかな、と思ってステージに上がったら
なんだかわけがわからなくて涙が出てくるのよね
しゃべってもダメだし、歌ってもダメだし
ああいうのはヤバイですね
とにかく泣きたくもないのに涙が出てきちゃうんですからね

悔しかったことは?PYGを作ってすぐに日比谷野音で缶をぶつけられた時あたりは
しょうがないんでしょうねああいうのは
しょうがないと思ってますよ
タイガースが終わって、あれもやろうこれもやろうと思ったんですけど
結果的には周りが解放してくれなかったような所はありましたね

それに僕らは営業的な面も考えなきゃいけないでしょう
というのは、僕は全くのフリーになってやれる人間とは思わなかったし
渡辺プロという土俵に立った上でやっていく一番いい方法は
ソロでやってみる、というのだろうということになったんですね
やってることはタイガース時代とそんなに変わりませんけどね
でも、僕には今の形が一番似合ってると思いますね。好きなことをやれるし。
考えようによっては、好きなことをやってお客が喜ぶわけないなとも思ったりもするけど

なにしろソロで思い切り歌えるし、井上堯之グループなんていういいバンドも確保できてるし
渡辺プロにいるから、いい劇場でできるし

今僕は倖せです。アルバムのタイトルです
だから歌に対して甘えないで、やりたいことをやらせてちょうだい、って
会社に甘える(笑)。とてもいいです

タイガース時代と今と一番変わったところは
僕自身はよくしゃべるようになったことくらいで、余り変わってないですね
まわりが変わったという方が多いですね

歌に対する姿勢は
段々いいかげんにできなくなりましたね
たたコピーをやってるんじゃなくて、たとえば外国の歌を一度訳してもらって
それをまた僕なりに直してみるとか
主張と言うほどの大それたものじゃなくても
自分の好きなものを打ち出していく姿勢になったということでしょうね
そういう責任ははっきりさせていきたいですね

posted by メイ26 at 19:01| 兵庫 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

1973年 THE VILLAGE①

ご飯3杯では物足りない一部の方からご要望がありましたので
インタビュー部分をおこしてみます

ハナが垂れてきたらそこでストップです(ノ゚∇゚)ノ

これB4で2ページあるから
全部おこしたら読むの面倒だと思いますので
適度にはしょっていいですか(特に目新しいことは語ってないので^^)


小さいときはどんな子供だったんですか?

小学校3年の頃まではおとなしい子供で、変わり始めたのは5,6年生の頃です
それほどのやんちゃはしなかったけど
番長グループみたいなの、入ってたんですよ

中学の時は野球やってたんですけど、
その時は悪い連中と付き合ってましたね
「白鳩友の会」というのがあって、一応は幹部におさまってました

(鴨沂高校は)名門中の名門ですね。ひょっとしたら京大に入ってた?
いやぁ僕はギリギリでしたよ。
野球やってた時はわりと勉強もしてたんです
白鳩友の会の中ではできる方だったし、
グループで悪いことしに行く時でも「オマエ家で勉強してなよ」
なんて言われて、インテリ格だった
3年になってクラブをやらなくなったら勉強できなくなったみたいです
お前は鴨沂なんかはいれっこないぞと言われたりして

その頃は高校なんてどうでもいいから働こうと思いましたね
でもよく考えたら、働くのもつまらんし
(夜間高校に行って)昼働いて夜も勉強するのはこれもつまらんし
結局オレも高校行こかァ思ってね…
でもプライドもあってあんまり変な所行けへんし
平安高校行ってまた野球やろうかなとも思ったんですけど
私立は授業料高かったでしょう
だから公立受けてだめだったら働こうって本気で思いましたね

でも何故か受かった(笑)
そうなんですよ。ホントにギリギリで合格したから、もう出るのが大変
なにしろ落第寸前で、こっちから
「あのう、やめさしてください」なんて、そんな感じでしたよね

家はどうだったんですか
ある日親父が「お前学校どうするんや」っていうんで
「僕もうやめるわ」っていったら
そのあくる日、親父の奴退学届け出しに行きおった

わりと図太かったんですね
図太いいうより、無頓着だったんですね。どうでもよかった。
プロ野球の選手になりたいなぁなんて思ったりもしたけど、僕身体がないでしょう。
それにサラリーマンになる気もせえへんし。水商売もいやだったし。
ほんと何にも考えなかったですね

バンドを始めたのもその頃ですね
そうですね
友達のお兄さんがバンドをやってたんで、そこへ遊びにいってるうちに
坊やみたいになっちゃったんです
そこで歌わしてもらっていたりして、その頃にタイガースのメンバーに紹介されたんです
僕がそれまでいたバンドは年寄の人ばかりだったんですよね
だからタイガースのメンバーから、ボーカルがいないからって誘われたとき
やっぱり若い人の方がいいでしょう
バンドの人にやめさせてくれっていったんですよ
そしたら「お前はスターになんか絶対なれへん。オレがなれへんのやったから」(笑)

でもやっぱり東京でやりたいっていうのもあったし
そんなわけでタイガースのメンバーが顔を揃えるわけですけど
あとはとんとん拍子ですよね
ナンバ一番に出て大阪で人気一番になって
裕也さんに一緒にやらへんかって言われて
内田裕也とザ・タイガースなんて言ってたりして
それから東京に出て

その頃は売り出してもらったりとか、キャンペーンしてもらったりとか何にもない頃ですよ
ジャズ喫茶で勝手にやってたら人気が出て
あとは何をやってもワー、キャーでしたね
半年くらいの間にトントンと3回ぐらい給料があがったのを覚えてますよ


内田裕也さんのHPによると
タイガースデビューに関してはナベプロとすれ違いがあったみたいですね
それで裕也さんはナベプロを飛び出してアメリカへ行っちゃったとか
なのに、ジュリーのことは変わらず見つめつづけてくれたのね~
これもキャンティでスパゲティバジリコを注文したおかげ?^^




posted by メイ26 at 17:38| 兵庫 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2009年03月02日

いわいびと

人が読み古した新聞を捨てる前にチェックしたら
デイリー関西版にも出てました

kimekon.jpg←ぽちっとしたら読めるかな

でも神戸のことは載ってなかった。なぜ~
posted by メイ26 at 16:17| 兵庫 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

クロワッサンの

いしいしんじさんのジュリー祭り評読まれました~?
私は立ち読みしました。すみません(m_m)

なのではっきり覚えてないんですけど
最後の方に
「ジュリーは88才になっても普通に歌っているだろう」とありました
今87才のラッパーの方がおられるそうで
その人と重ね合わせてのことです

私は「88才のジュリー」は想像できないけど
「60才のジュリー」がこのままずーっと続くような錯覚に陥っています
ということは見ている私もずっとこのまま、ということですが^^

いしいさんはコンサートが終わった後
「6時間も見ていた疲れは感じなかった。他の人もきっとそうだと思う」
と書かれていました
そうか。疲れなかったのは私だけじゃなかったんだ
やっぱりあの日のドームは特殊な空間と化していたのね

公演前にはそれなりに着飾ったご年配の女性たちを見て
歌舞伎やエイちゃんのそれではなくて
友達2,3人と割烹にいくような気負わない着飾り方で
それがいかにもジュリーファンらしい、とも ←どういう集団にみられているんでしょう

昨日tubeでみたサーモスタットな夏のMCでは
「キレイにしてきても私には見えません。最近近視乱視が進んで。
それよりも元気でいることがなによりです」
なんて言われてるしー


posted by メイ26 at 21:55| 兵庫 ☔| Comment(8) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2008年12月20日

サーモスタット・七つ?

yomi.JPG

昨日更新できなかったので今日は2本立てです
「サーモスタットな夏」のツアーで配られたチラシ?パンフ?
のようなものから
その1.新聞のインタビュー記事のようです
原寸で貼り付けたらはみ出してしまったので
お手数ですが、ぽちっとしてください

ジュリー三昧でサーモスタット…のことを話していたとき
お風呂にはいっていて聞こえにくかったし
録音にも失敗したので
なんでジュリーが謝ってるのかわからなかったんですが
♪サーモスタット~七つ~ と聞こえる、って言ってたんですね^^
え~?たいがい聞き違いの多い私ですが
それはなかったなぁ


posted by メイ26 at 23:50| 兵庫 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2008年12月11日

セブンと自身

歯医者か美容院でしか読んだことない女性週刊誌を
2冊も買うてしもうたわ~
ジュリーの経済効果はどこまで波及するのかしら
週刊新潮はさんざん悩んだ末、立ち読みですませました^^
写真がないし、他のページも読むとこなかったので…

bigsyo 001.jpgbigsyo 002.jpg

女性セブンの方は表紙にもちっちゃく30才くらいのジュリーが載ってます
文章を書いた江國香織さんは阪神ファンでもあり
阪神優勝特集にも一文をよせていらしたけど

字読みにくいっつーねん!(>_<)右側の上半分

80曲の内半分くらいは知らなかったそうですが
知っている曲も知らない曲も
同じように新鮮でエナジェティックだった そうです
エナジェティック…って何?意味不明
すべての曲を、ジュリーは美しく誠実に、完璧に歌った
という文が気に入りましたv
白酋長さんの表情がとてもいいので
1冊だけ買うならこっちをオススメ^^

「自身」のほうは過去の衣装写真がいいです
bigsyo 003.jpgジャンプ写真はなんだか太短く見える

で、どっちにもサンスポと同じ霧吹き写真がありますが
やっぱり人影のようなものが映っているけど
サンスポほど鮮明ではないので
たまたまそういう風に見えたのかな、と。

それにしても
なんでどっちもカラーやないねん!!

山田美保子さんのコラムのほうは
ジュリーもすごいけど、ファンもすごいとしめくくってありました
マスコミ招待券はなくて12000円ちゃんと支払いました
というとこにとても好感がもてました^^

そうよ、ジュリーはお金を払って見に行くものなのよ!
posted by メイ26 at 20:24| 兵庫 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

もうちょっと食べたい…

毎日グラフの続きですが
歌っている場面の写真はあまり魅力的ではありません
雑誌の紙質が悪いのと
望遠で撮った写真を引き延ばしているのか、粒子が粗いし
なにより、ジュリーが美しく映ってない!(-_-;)
いやもしかしたら
他のメンバーとのバランスを考えてわざとブサイクな写真をのせるよう
ジュリーが希望したのかもしれません

しかし、そんな条件下でも可愛く映ってしまったのがコレ!
syokuji.JPGランチタイム♪

温野菜がとれる中華ですねv
メニューは餃子とスープと酢豚丼?麻婆丼?(赤いから天津飯じゃないわね)
よくごらんください
ジュリーは自分のお皿はしっかり平らげて、お茶を飲みつつも
視線は隣のタローのお皿に^^

gohan.JPG
もうちょっと食べたいナー。「ジュリー食べるか?」って聞いてくれへんかなー

と、思っていたかどうかはわかりませんが(^^ゞ
posted by メイ26 at 23:48| 兵庫 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2008年10月21日

1982.4.11 毎日グラフ

机の上を整理していたらこんな切り抜きが出てきました
dosokai3.jpg
毎日グラフ1982年4月11日号 特集「ザ・タイガース復活コンサート」より

グラフだけで記事はないのですが、珍しく安井かずみさんがタイガースを語っていました
「ちょっとパリに行ってきます」と言ってでかけたまま半年も帰国しない
「若気の至りぶり」の頃の安井さん
帰国したある日「東京では何か変わった事あったかしら?」と女友達に問うと

「あるわよ、あるのよ大ありよ。タイガース!」
「…?」と安井さん
「タイガースというグループサウンズよ。これが天下一品、最高なの」
「これ知らないなんて今や女の恥よ」
それでどんな風なの?と問うと
「そんなこと説明できないわ、百聞は一見にしかずよ」

というわけで新宿アシベに行ったそうです
「恐る恐る」ながら、客席前方に陣取り、見たものは

なにやら興奮、そしてなにやら不思議、なんとも素敵で、得も言えぬ魅力がありました
メンバーはそれぞれ違ったハンサムさに加えてちょっとロマンチックでもありました
私はごく平均的女の典型的要素が大ありでしたので、
どうしても真ん中にいる目立つ人物のファンになるのです
ですから、タイガース初見聞の折にも、即リードボーカルのファンになりました


この頃すでに作詞家としてナベプロに「おおいにお世話になっていた」安井さん
タイガースとは同所属という誼を感じ始めました

それにしても一ファンとしてはなんと都合よかったことでしょう
事務所で寝ぼけ眼のメンバーと「おはよう」などと言い合う機会も大ありでしたから
更に時には作詞家として、レコード作りのスタッフとして、
彼らと作業することにも加わったのですから   
←そんなん一ファンちゃうやん(T_T)
事実、羨んだ同性のの目にもかなり合いました。そのせいでしょうか
その頃から急に女性作詞家が増えた!のです

メンバーは若くて個性的で、人間的で、かつ俗に言うタレントさん的であるよりは
むしろジェントルマン的でした
その頃にすれば、新しいタイプのアーティストたちでした


タイガースの(とりわけジュリーの)登場が、一般ファンのみならず、
芸能界で生きる女性達にも大きな衝撃であったろうことがうかがえます
そんな中で真っ先にツバを付けた(?)エミさん
さぞや得意満面だったのではないでしょうか。女冥利につきるって感じ?^^


 

posted by メイ26 at 18:34| 兵庫 ☀| Comment(14) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2008年10月06日

還暦ジュリーがかっこいい

10月4日の神戸新聞夕刊コラム「論説サロン」で
ジュリーのことが紹介されていました

SONGSのビデオを見て
ジュリーこと歌手の沢田研二さんは
「身体のラインは年相応の丸みを帯びていたが
声はヒットソングを連発していたころのつやっぽさを
感じさせた」
「リズムを取る身体の動きと金髪、原色の衣装に懐かしさを覚え」
たそうです
原色の衣装…?だったっけ。まあモノトーンではないけど
でも身体の動きは懐かしいと思ってもらえてよかったわ

コラムの2/3はジュリーが高らかに歌い上げる「我が窮状」のことです
歌詞の一部を紹介して
「『窮状』とは『憲法9条』のことと
 別の機会にジュリーは話していた」
とあります
朝日新聞の記事も読まれているのね~^^

「意外だったのは、歌詞ではなく、
 その内容がジュリーに合っていたことだ。
 戦後の日本で年を取るとはこういうことかと実感した。
 論じることはもちろん大事。だけどその前に
 この島国で60年も生きていれば
 憲法9条が血となり肉となってくるさ。
 そんなふうに聞こえた」

そうですね
ジュリーが憲法の歌を歌ったからと言って
特別な思想や信条に基づいているわけではなく
恋や愛の歌と同様
ありのままの思いを歌っているだけ、と
すべての人に思ってほしいです

そして最後はジュリーの近況も紹介
最近は舞台での熱演が注目を集めるが
「11月から大阪と東京で6時間半のコンサートに挑むそうだ
全部で69曲!」
「自分の持ち場で、自分の感覚で、しっかりと考えを表現する
還暦ジュリーがかっこいい

というエールでしめくくられています

そうだ!還暦ジュリーはかっこいいのだ!

posted by メイ26 at 19:07| 兵庫 ☁| Comment(22) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする

2008年10月01日

ボクらしくないこと

よそさまの情報で知りました
朝日新聞のインタビュー
asahi.com/kansai/entertainment/news/OSK200809300026.html

奈良でちらっともらした「自分らしくないこと」について

「えっ、そんなこともするの」と言われそうなこと。
まあ、たいしたことではないんですが、
「やるときはやるのよ」という感じでしょうか。


えっ、そんなこと?

 脱 ぐ の ?!

いやそんなのいちばんジュリーらしいことだし ←そうなのか?

コスプレ。 …歌手人生のほとんどがコスプレみたいなものだし
舞台一周ランニング …いつものことだし
大がかりなセット …やり尽くしてるし
入り口でハイタッチでお出迎え …きゃー、想像しただけでめまいがします
お世話になった方に花束贈呈 …いちばんありそう?
ファンにオミヤゲ贈呈 …アメちゃん一個でいいですから(;_;)
夫婦でデュエット …ヤメテーp(T0T)q

とまあ妄想は尽きないのですが
このインタビューの中でもひとつ気になったこと^^
ファニーズが上京するとき、「こだま」を使ったことについて
また新説が
確か最初は
「ひかり」と「こだま」があることを知らなかった って言ってなかった?
それが後に
こだまの停車駅である三島に用事があったから になり
結局は
安いから かいな

で、いずれも「ピーの仕業」であることは間違いないんですね(;^_^A






posted by メイ26 at 22:07| 兵庫 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑誌・新聞 | 更新情報をチェックする