2017年10月06日

ラジオ深夜便

昨日というか、今朝の未明
NHKラジオ深夜便で2時から3時までジュリー特集がありました
私は初めて聞いたのですが
ジュリーの50周年ということで、春夏に続いて3回目とか
1回目はタイガース時代、2回目はソロ初期の特集で
今回は昭和50年代の曲が中心
出勤の日だから最後まで聞く気はなかったんだけど
結局聞いてしまって、3時間寝ただけで出勤した;;
かかったのは次の10曲。
短いコメントのつく曲もあれば作詞作曲者の紹介だけのも
半分寝てたのであんまり覚えてないけど

勝手にしやがれ
 阿久悠さんが、このタイトルの映画から足かけ8年構想を練っていた曲
 沢田研二を待っていてよかった。と言われたそうです
ヤマトより愛をこめて
 さらば宇宙戦艦ヤマトのエンディングテーマとして使われました
カサブランカダンディ
TOKIO
 赤と白のパラシュートが目に浮かびます
ストリッパー
おまえにチェックイン
6番目のユウウツ
色つきの女でいてくれよ
 タイガース再結成。この年は瞳みのるさんは参加しなかったけど、
 2013年ついにオリジナルメンバーでの再結成を果たしました
 タイトルの「色」は華やかな色ではなく、いくつになってもときめきとか
 淡い思いを忘れないでいてほしい、という思いをこめた。とか(うろ覚え)
 この後3時台から阿久悠さんの特集もあるので、
 阿久さん作詞の曲には解説がついてたみたい
背中まで45分
 (出逢いの場所で眠りに落ちて、目が覚めたら背中まできていたw)
灰とダイヤモンド
 作詞作曲は李花幻となっていますが、これは「いーかげん」をもじった
 沢田さんのペンネームです

という感じでした
途中までは今年のツアーで歌ってる曲ばかりだと思ったけど
色つきからはちょっと外れました

ジュリー特集は季節ごとに。と言ってたような気がするので
冬にもあるのかな。でも時間が遅すぎる~(^^;)





posted by メイ26 at 22:29| 兵庫 ☔| Comment(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2017年08月01日

あなたが聞きたい歌の4時間スペシャル

毎度おなじみの特番
ジュリーたっぷりっても2曲ぐらいでしょうけど
野球もないし、他に見る番組ないから見たるわ
と、斜め上から見てたら

わりと早い時間に時すぎがフルコーラスで出た
次にレコ大の勝手にしやがれ
最初にサリタロさん一瞬映ったけど
フルコーラスは受賞前の歌(^^;;

これで終わりかなと家事を始めたら
突然ダーリングが!
東京音楽祭のラベンダースーツだ。素敵(≧∇≦)
これでジュリー的には満足したけど
阿久悠さんの曲はどれもええわ〜とさらに見続けてたら
和田アキ子さんがゲストで登場
お、これは例の事件くる?キタ*\(^o^)/*
落選した候補なのにアッコさんに引っ張られてステージに上げられ
ディレクターに追い払われたお気の毒なジュリーがww

改めてじっくり見たら、この時のジュリー実に優しいじゃないか
リアルタイムで見てた時も、いっそ一緒に歌わせてあげたら。と思ったものですが
いつの間にかジュリーが消えてたのがそういうわけだったとは;_;
ま、アッコさんが40数年ぶりに謝ってたの聞いてちょっと溜飲さがったけどw

その後フォーリーブスやモップスなど懐かしく聞いてたら
まさかの同窓会色つきの女まで!
とぽさん細い〜。これも親戚の子?(^^;;

過去のこの番組ではさんざんひっぱったあげく、ちらっと映っただけとか
ひどい扱いに憤ったことの方が多かったけど
さすが50周年記念!TBS出血大サービス!やればできるじゃないか

それにしても阿久悠さん1人で4時間番組作れるってすごいなあ
ほんまにいろんな曲あるし、紹介されていた著書によると
もっともっといろんな詞を書きたかったみたいで、惜しいなあ

と、しみじみしてたら最後に安住アナの選んだ曲がカサブランカダンディ
これがまた。今の私の目で見ても惚れ直すほどカッコよかった!
当時はカッコよくて当たり前だったので正当に評価してませんでしたすみません
結局4時間みっちり見てしまって、はあぁ〜ジュリーステキ〜
と放心しながら、今日は親戚のおじさんに会いに行きますよ




posted by メイ26 at 09:22| 兵庫 ☀| Comment(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2015年01月20日

ラジオ大阪「べっぴんラジオ」

花の首飾りにのせてピー登場(電話口にw)
以下、高岡さんのお話は省いてピーのお話をダイジェストで

あけましておめでとうございます
(リスナーのお便りから、タイガースの歌に励まされた人が多いことに)
ありがたいことです
年末年始は、一週間ぐらいちょっと北京に行ってまして
風邪をもらって帰って来ました
熱こそなかったけど、のどと、鼻水が洪水のようで大変でした
今は一週間後に迫っている劇があるので気力で治ったようなものです

(お芝居の話)
現代と奈良時代を空間的時間的に行ったり来たりで
わかりやすい話になっています
テーマは恋愛譚、母の愛、自分の子供の愛、友情、郷土愛など
自分の国って何だろうという問いかけ
みんなそれぞれ故郷を持っていて
国外に出た時など自分の国を思うことがあるように
外に出ると自分のおかれているところが見えてくるような気がします

出演者8人のうち4人は中国語と日本語が流ちょうで
日本舞踊や太極拳の師範級の人もいて
日中コラボレーションになっています
漢文や古文などもできるだけわかりやすくしていますが
古い時代のことなので、ある程度はわかっていただいた方が。
説明は入ります。僕よりはるかに声のいい風間杜夫さんで

仲麻呂と楊貴妃は同一空間にいたので(恋愛が)あってもおかしくない
寵姫であっても、皇帝とは階級の差がある。
仲麻呂は将来を嘱望される官吏だけど出会った頃は同じ庶民階級
中国に行って活躍した日本人としては仲麻呂がいちばん
僕も北京に留学していたので留学生としての大先輩で
共感できるものがあります
皆さんもそれに共感していただけるとありがたいです

僕は友人吉備真備の役で仲麻呂より若干年上です
舞台では歌ったり、漢詩を北京語で朗読したり日本語で訓読したり
漢文ときくだけで難しいと思われるかもしれませんが
そういうことはないと思います
楽しい芝居なので、ぜひ来ていただきたいです

去年のライブの時はタローにいろいろアドバイスしてもらったけど
それ以外のメンバーには会っていません
また会いたいと思っているんですが、忙しい人もけっこういますので

というようなことを、高岡さんに口をはさませず饒舌にまくしたてて
「晩秋」の曲をBGMに去っていかれました(電話口を)

posted by メイ26 at 17:45| 兵庫 ☔| Comment(2) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2015年01月06日

ラジオ日本「ミラクルショット」

本年初のメディアご登場は夜中の2時からのご出演
受信エリアじゃないから留守録もできないし~
と思ってたら、うまいこと6日が休みになったので
ナマで聞きました
番組始まって最初のコーナーで、短い出演でよかった(^^;)
1曲目にピーの「晩秋」がかかりました
そしてすぐにゲストコーナー~~☆☆
ピーの「新年好」の挨拶に続いて、プロフィール紹介

京都出身で、タイガースのドラマーとして「僕のマリー」でデビュー
たちまちスターダムに登りつめ、ジュリーこと沢田研二さんと並ぶスターに
アイドルグループとして見られがちですが
そのドラム演奏は大変高い評価をうけていました
解散後は一人だけ芸能界を引退して猛勉強の末慶応大学に合格
卒業後は高校教師のかたわら中国文学の研究者としても活動
1981年には北京大学に留学されました
仲間とは2008年に再会
2011年からはドラマーとして演奏活動を再開
特に2013年12月のタイガース復活ライブツアーは
全国のタイガースファンが涙する伝説のライブとなりました
さらに日中文化交流の発展にも力を入れ
まさに八面六臂のご活躍です

みたいな。(雑音混じりではっきりとは聞こえませんでした)
この間に雑音で聞き取れなかったのですが
原めぐみさんはバンド活動をされておられるらしく
そのドラマーがスティックの端のほうを持つ
ピーの演奏法を真似ているという話をしてました
そしてメインのお知らせは1月28日からの舞台「仲麻呂と楊貴妃」

脚本もかいて出演もされて、何をやっても完璧!
と、紹介されて
「いえいえ中途半端です」

「舞台で台詞を喋らされるのがいや。自分の台詞は自分で言うんだ!
と思って役者はやめたんです」
(って。役者にはなってないやん~と思いましたがちゃんと補足)
「選択肢として役者はやめて、文章をかくことにした」
ということです
でも結局役者として舞台で台詞を言うのでつらいんですが
「ハラをくくってやります」そうです^^

たった10分ほどの出演ではピーには話足りないらしく
それで-、と続きを話そうとしたら、原さん強引に割り込んできて
えー、ピーの話を最後まで聞いてよー
と、むっとすることが数回ありました
(まあ全部聞いてたら番組終わらんかもしれないけどw)

お芝居の骨子はちゃんと話させてもらいました(^^;)
1300年ぐい前奈良時代の話で
中国では元宗皇帝と楊貴妃が恋愛関係にありましたが
同時代に仲麻呂が生きていて
その当時の世界で日本を代表する知識人だった
19で中国に行って、中国人と渡り合い官僚になり最後は大臣級に
李白や王維とも友達で
日本に帰りたいという思いもあったけどついに帰らなかった
その間に何かあったのではないか?
というお話だそうです
京劇と日本の演劇とのコラボで、主役は中国のイケメン俳優
東京では俳優座で1月28日から2月1日まで
あと、大阪と名古屋でもありますが
瞳みのるさんのお名前で検索するとHPがあるので
そこに詳しく書いてあります。と、いうことでw

ここで原めぐみさんが「私CCC歌ってるんです」とアピールすると
「沢田が歌ってるんですけど、去年のツアーで僕も初めて歌いました。
 楽しい曲です。すごいノリますね。
 後ろでドラム叩いてるより歌う方が楽しいです」
さらに「1/4ぐらい…」と言いかけたらまた原さんが自分の話をして
「あーそうなんですか」で終わってしまいました(ToT)
ここもっと聞きたかったよー

それでは最後にCCCをお届けします。というけど
イントロから音ちゃうやんかー!と思ったら
原さんが歌ってるCDだそうです。えー( ̄□ ̄)

歌そのものはピーより上手いかもしれないけどww
メロディとコーラスがごっちゃになってて、ジュリーなら
「ボーカルの私が歌っているところがメロディです!」
と怒りそうな歌でした~(私も怒る

もっかい聞きなおして細かく突っ込んだろ、と思ったら
ここで録音を止めていたので幻の曲となりました( ̄▽ ̄)ノ





posted by メイ26 at 18:11| 兵庫 ☔| Comment(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2014年09月07日

BSTBS「ぼくたちは昭和を生きた」(3)

先週の続きです
…のはずだけど、あら?また浅草?マルベル堂?再放送?

と、思いましたが5分後にやっと新しい展開に入りました^^
放送日は冒頭部分を見逃したんだけど、ちょうどここから見てたわうまいことw

タイガース時代は疾風怒濤五里霧中の4年間
友達同士で仲良くやってきたところに
周りでいろんなことを言う人が出てきて、
またそういうことを聞いてくるメンバーもいてだんだん不協和音がでてきた
商業的に使われるのはイヤだとやめるメンバーが出た

ここでヤッくんが「グループってそうなんですよ~」と共感
「誰かが言い出して衝突して解散に至る。複数いるとやる気のある者とない者がいるし」
おお、ここでシブガキ隊解散の裏話までw

そんな風にタイガースも解散に至り、ピーがメンバーから孤立と書かれた記事も出ました
(と、今だからさらっと書けるけど、当時は重苦しかった)
そして忘れもしない1971年1月24日
マンションの荷物をトラックに積み込んで武道館に行ったピー
気持ち的に一刻の猶予もおきたくなかったから。

ここでビューティフルコンサートで涙を流すジュリーの映像が出ますが
その顔に地震情報が;;

「今度会ったら君たちはこのままでいるはずがない」
(当時の台詞は放送コードにひっかかるので言葉をなんとか言い換えるピー)
最後にそんな捨て台詞を?

「仲が悪かったというより、彼らにはその後の道筋ができていた
葬式も終わってないのに結婚式をやるのかと、メンバー不信になった。
でも自分はスッキリしてた。これが再出発だと思って」

薬丸「瞳さんはスッキリしても残されたメンバーにしたら
    最後の最後になにを言うのかという感じですよね」

ここで「沢田は僕を殴ってやろうと思っていた」という話が出ましたが
私が聞いた時は、ジュリーはその後
「でも(ステージで)後ろを見たらピーが泣いていたので殴るのはやめた」
と言っていましたので、それは捨て台詞を言われる前の話だと思いますわ~^^

でも、もやもやしていたピーは無言で去ることができなかったのです;;

次なる思い出の地は小石川の伝通院
先週の予告に出た映像はピーの恩師柴田錬三郎さんのお墓参りでした
キャンティ?で出会って意気投合し、
ピーをスターとしてではなく、一人の人間として接してくれたそうです
「窮鳥懐にいれば猟師もこれを助く」というような、あったかいお人柄で
相談相手になってくださった柴田さんに、何がやりたいんだと問われて
「勉強がやりたい」と言うと「それはいいことだ」と言われて吹っ切れました
柴田氏は「芸能界は虚業。それにうかれちゃいけない」という考えだったようで
それから高校生→大学生→教員
という、ピーのもう一つの人生が始まったのでした

そして、大学時代から行き着けだったという渋谷109前玉久へ
ここで教員時代の思い出話
教壇にたつのはステージに立つのと同じ事。高校生の物珍しさなんて3日ももたないから
寝てる子を起きろと起こすのではなく、こっちの話で起こそうと。
ジョークは言うけど、チョークは投げませんでした。

かつての教え子市川右近さんも参加。
(楽天の三木谷社長みたいw役者ぽくないですね)
右近さんが教わっていたのはピーが教師になったばかりぐらいの頃

「ピーって言う漢文教師がいることはみんな知っていた
おもしろいのは、教科書開かなくても良い日があって
人見先生にいろんな話をふると、タイガース時代の苦労とか楽しかったこととか
話してくれて
「漢文を習うより人見豊の人生を学んだ」という名言もw
その頃のナマな話。聞いてみたかったけど、ファンが聞くのはつらかったかな?

そんな人生の節目となる出来事は、2008年この店でのメンバーとの再会
ジュリーが歌うLong Good-by
ジュリーの歌詞が流れます
今はジュリーもピーに陰口たたいてばかりいるけど(^^;)
この頃のことを思うと今が夢みたいです
「ピーに会えたんや!」というジュリーの言葉は忘れられません;;

しかし、37年ぶりの再会の時はまだ当時の捨て台詞も覚えていて
何か魂胆があるんじゃないかとみんな固くなってたけど
「3~5時間たった頃には元のメンバーに戻っていました」
誰が口火を切ったわけでもなく、くだらない話をしているうちに
おまえ変わらないな。という感じになって。氷が溶けるようにわだかまりもとけていった
「それは僕らが10代の頃に知り合った友人だから」
37年という時間にくらべれば、5時間はほんの一瞬。瞬きのような時間だけど、
そんな瞬きで元に戻ってしまうのでした

私も講演会やらライブやらで、トータルで5時間ぐらい(もっと?)
ピーを見ていたので、37年の空白はすっかり消えてしまいました
posted by メイ26 at 19:53| 兵庫 ☀| Comment(4) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2014年09月02日

BSTBS「僕たちは昭和を生きた」(2)

次はスカイツリーのお膝元にある宮田レコード店
タイガース時代新曲が出るたびにキャンペーンで訪れたそうです
演歌歌手ではよく聞くけど、タイガースでもキャンペーンしてたのか~!?
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当時を知るご主人
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タイガースが来ると店の中がファンでいっぱいになって動けないので
二階に避難してしばらく様子を見てたとか。
「ずいぶんご迷惑をおかけしたんですね」と謝るピー

キャンペーンのかいあって?
タイガース最大のヒットとなったシングル「花の首飾り」
TBS歌のグランプリの映像ですが
写るのはジュリーとトッポだけ~
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あ、ピーが写った!\(^O^)/と思ったら
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一瞬後には次の画面に変わりましたw

大ヒットしたセカンドシングルですが
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「バウンド」とは阿波踊りをヒントに生まれたリズム」って
ほんまかいな~

ウエスタンカーニバルなどでいっしょになるので
他のGSとも交流はありました。という流れから
「ジャニーズ事務所のジャニーさんには可愛がっていただいて
よく肩もんでもらいました。ジャニーさんマッサージうまいですね」
薬丸「そんなことしてもらったことないです」

数あるGSの中でも圧倒的な人気だったタイガース
その熱狂ぶりを語る映像として、後楽園球場ライブが!

あれ~、これDVDでは白黒ではなかったですか?カラーは初めて見たような
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ピーがコントみたいなことしてたw(させられてた?)

1968年に日本人アーティストとして初めてスタジアムライブをしたタイガースが
45年後に爺さんバンドとして東京ドームに帰ってこようとは
この当時一体誰が予測したでありましょうか!
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時代の中心にいたタイガースもわずか4年で解散
その原因にはメンバーとの確執が…

と、思わせぶりに来週に続きます
予告ではメンバーが再会したお店が紹介されてました
続きは9月6日(土)17:30からBSTBSで!
      ↑
 私の誕生日(こそっと主張)

posted by メイ26 at 22:15| 兵庫 ☁| Comment(4) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2014年08月31日

BSTBS「僕たちは昭和を生きた」

昭和を生きたアイドルと思い出の場所を歩く番組だそうです
「今回のゲストはミュージシャンの瞳みのるさんでーす」
と、浅草雷門からスタートです
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タイガース全盛時代の浅草の思い出といえば
現在浅草ビューホテルがある場所に、かつて浅草国際劇場があり
よくコンサートをしたそうです

「あまりきれいな処ではなかったけど、キャパシティが大きくて」

ソロになったジュリーも、ここと大阪の梅田コマ劇場でコンサートしてましたね~
同じぐらいの規模だったのかな
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さて、国際劇場の跡地を過ぎて浅草の通りを歩いて行くと
私でも名前だけは知っているマルベル堂さんが。
(アシスタントの女性はご存じなかったようですが)

「何回か来たけどあまり覚えてない」
という店頭ではタイガース(&ジュリー)祭り開催中!

薬丸「今現在、タイガースのプロマイドが売れているってことですか?」
ピー「それが不思議ですよね~」
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瞳さんのいっぱいありますよ~
「使用前使用後みたいですね。照れちゃうなw」
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使用前。ぴっちぴちでカワイイ~
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使用後もキュートです~。(当社比)
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ここにサリーが来店した情報をキャッチしていたピー
「何か言ってました?なんで来たの?」と、追求w

店長「タイガースのプロマイドを買って帰られました
ピー「自分で買ったの?へえぇぇぇ~。おもしろいね」
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撮影のためによく訪れたというスタジオは店とは少し離れたところに。
そこで当時タイガースを撮影したカメラにご対面
大正10年から昭和63年まで使用されていたそうです
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カメラ好きなピー「古い友達に会ったみたいです」とうれしそう^^
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「お久しぶりです」と挨拶しますw
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せっかくなので、3人で記念撮影。40年ぶりのプロマイド撮影です
この時の写真は番組のHPにありますが
ピーひとりのも撮影して販売してくれたらいいのに~
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次なる思い出の場所に移動しますが、以下次号w

posted by メイ26 at 22:37| 兵庫 ☁| Comment(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2014年07月27日

鈴木康博メインストリートをつっ走れ

引き続き四国放送で鈴木康博さんの番組に出演です
これは30分ぐらいあってたくさんお話しされたので、
当日の私の実況ツイートからかいつまんでご報告

来年還暦という鈴木さんは年上のゲストはめったにない上に、
ご自身が中学生から高校生の頃のビッグスターであった
タイガースのピーの登場に緊張しているという鈴木さん
ピーに「ご出身は大阪辺りですか?」という質問からスタートですw

①生い立ち
お母さんは宝塚音楽学校に行きたかったけど、その夢は叶えられず
お兄さんはそのお母さんに似たのか歌が好きで、ピーより上手かった
ピーはその辺は似なかったけどw
今また音楽をやっているのはお母さんの血が鉱脈のように流れているせいかも

②プレイボーイズからタイガース
不良のたまり場みたいなとこでメンバーと出会って
バンドやるって行ったら勘当されたが、東京へ出て半年でブレーク
売れる予感はあった
タイガースはコーラスが出来て踊れるバンド。他にはそういうのはいなかった
今youtubeで見ると、前の4人はめちゃくちゃ動いてるw
そしてトッポ失踪。シローには悪かったけど、続ける気がなくなった
曲は「シーシーシー」

③復学から教員時代
タイガースで死ぬほど働いたから、死ぬほど勉強したら慶応だって入れると思った
1,2年の遅れは気になるけど、7年も遅れて入ったらもう気にならない
教員時代に校長と合わなくて7年間干された
芸能界も一度引いてみたら俯瞰的に眺められて
あのときああすればよかったと思っても、時すでに遅かった
曲は「一枚の写真」

④スタジオ生ライブ!
 (ドラムじゃなくて、たぶんカラオケですが
 「悲しみをぶっとばせ」をスタジオで歌いました
 タイガースの時よりうまくなってたと思います(個人の感想です)
 あの時タロさんがハーモニカで吹いた部分はスキャットで歌いましたが
 タロさんのハーモニカと同じような感じで(あくまで個人の感想))

⑤現在の活動
タイガース以外のバンドをやったことなくて、タイガースが自分のバンドだと思ったけど
今は皆さんそれぞれに仕事がおありで
岸部一徳は俳優をやっているのでひっぱってくるわけにもいかず
新しいメンバーでバンドを組みました
ライブのスケジュール。詳しいことは瞳みのるオフィシャルサイトでw
(67歳にしてハードなスケジュールですが)
ほぼ虎もタイガースも経験して、力を入れるところ抜くところの配分もわかってきた
今はドラムだけで9本マイクがありますが
1本しかなかった時の力いっぱい叩く手法が身についてしまっている
CDも出して、本も書いてます。八雲町ですぎやまこういちさんとコンサートします
来年は戯曲をやります
曲は「老虎再来」
亡くなられたけど、ライブを見て欲しかった中井国二さんに
ピー、なにかキャッチフレーズ考えろと言われて考えました

(鈴木さんから「すごいお若いんですよ、ツヤツヤして」と言われて)
何十年も離れていたのに、帰ってきたら前と同じように声援をおくっていただいて
それが後押しになります。ということでした





posted by メイ26 at 22:55| 兵庫 ☀| Comment(4) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

アーティストBOX最終回

ここ数日の猛暑で2階の部屋に入れずにいたため、テープ起こしができませんでした(^^;)
今日は涼しいので、今のうち~
アーティストBOX最終回はピー先生の講義とライブへの誘(いざな)いです

ラオフーサイライ。わかりますか?
日本語の音で言えば老虎再来
中国の音でラオフーサイライ。ほとんど似てますね

これは…2010年…まあ11年になりましょうかね
またタイガースが復活するということで、
中井国二という元ザ・タイガースのマネージャーの要請で、
何かキャッチフレーズはないかそしてまた、できれば曲などがあったらいいということで
中井さんから、確か渋谷の居酒屋でそういうことを言われたんです

で、この居酒屋で、んーーっと考えて五分後にできたのが
このキャッチフレーズ。老虎再来。ラオフーサイライということでした
この曲はもともと僕が持ってた曲なんですけど
これに歌詞を多少変えまして、そして「老虎再来」という名前をつけて。
「老虎」自体はタイガースですね。再来はアゲインですから、
タイガースアゲインという意味ですね
ういうメモリアルにしては。ということで作ったんですけど
あいにくそのときは、もう一人途中で辞めた加橋かつみというのが
なにかのボタンの掛け違いか何かで参加しないことになったわけです

結局この曲は僕が出して個人的に出すということで、詞曲共に瞳みのるです
また今回ソロコンサートではこれをメインにしております
2011年が本来の曲だったんですけど、2011年にリリースしました

そして僕は、GSという縛りでよく言われますけど
グループサウンズ、そのGSの曲でよく言われるんですけど
これは僕自身の解釈ですけど、これはペリーが浦賀に来た1850年代
日本の幕末から明治にかけて、ということで、その辺が日本のというか
APOPSがアメリカンポップスということにすれば、
BPOPSはブリティッシュポップス
たとえば日本はJPOPS、中国はCPOPSなんていう風に言えるかもしれませんけども
そのAPOPSの第一歩は幕末の頃、ぺりーが浦賀に来た
その時に流れた。その時初めてアメリカのポップスを聞いた
まあそういえば「埴生の宿」というのがありますけど、もともと英語の歌ですね。
それが第一歩

そして1950年代。
飛びますけどアメリカのロックンロール、これでブレイクするわけですけど
50年代。それ以降にビートルズ、その前にプレスリーがあります。
ま、プレスリーの模倣というかビートルズ、そしてローリングストーンズ
そのローリングストーンズやビートルズの模倣がタイガースというわけで
みんなやはりそういう前の時代に倣って、
また進化させて現在の時代に来ていると思うんですね

で、僕は今回2014年ですけど、もう一度それを大きく見て、そしてそれを空間的には
APOPS、BPOPS、JPOPS、CPOPS、現代の中国POPSを入れて
自分のソロライブをしております
ぜひ、皆さん見に来てください。待ってます

(音楽)瞳みのるで「老虎再来」
posted by メイ26 at 21:56| 兵庫 ☀| Comment(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2014年07月24日

アーティストBOX(4)

この番組はオフィシャルサイトに書いてある5:20~5:30で予約録音していますが
1回目以外は、ピーのコメントの前のアナウンサーの説明が途中からになって
コメントが終わってからの時間がだいぶ余っているので
もう少し前倒しした方がいいのかしら~?といってもあと1回ですけどw

お題があって、それに沿ってピーが一人語りしているような構成です
今日のお題は「タイガースの名曲ラブラブラブ」と「印象に残ったコンサート」です

ラブラブラブ。ザ・タイガース。1967年
詞は安井かずみ。曲は村井邦彦です
安井かずみも村井邦彦も共にキャンティ族であります
そういう僕、または加橋かつみなどもよく出入りしていたわけですけども
六本木にあるキャンティ。ほとんどここで作られた曲ではないかと
僕は思うくらいですけども

ラブラブラブの歌詞は非常に簡単というか簡潔です
でも、愛というものはやはり普遍的なもので、
それが大きくその曲の中に流れているわけであります
この曲の詞を読んだときに、安井さんはさっと自分の引き出しからものを出すように
よく知っている引き出しーたくさんあるわけでしょうけども
出されてさっと書かれたような気がします

村井さんもしょっちゅうキャンティやなんかでお会いしておりましたけども。
六本木のキャンティというイタリアレストラン
そこに集う人の作品と言っても過言ではないと思います

それでは、いちばん印象に残っている、といえば
1971年1月24日武道館でのサヨナラコンサートというわけですけども
これを最後に僕はもう金輪際この世界に戻ってくることはないと
固く心に誓ったんですけども、
その後30年…40年、ほぼ40年の時間を経てまた戻ることになった
それは他のメンバーがもう一度やってみないか、と
僕自身も、やはりこれから音楽ーまあ最初にやったんですけど、その後に文学
音楽と文学を融合できるのはそういう形ではないかと
模索していた時期だったんですね
ですから、その時期が合ってまたみんなと一緒に
また音楽をやることになったわけです

ですからそのきっかけとなった1971年1月24日
これはやはり、非常に印象に残る、僕は最後だと思ったライブだったんですけど
それが最後の印象に残ったコンサートでした
「ラブラブラブ」ザ・タイガース♪♪

音楽と文学の融合。今のライブがまさにそんな感じです
タイガースでこういうことをやるのはたぶん無理でしょうねー…
posted by メイ26 at 22:24| 兵庫 ☀| Comment(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2014年07月23日

アーティストBOX(3)

続きまして「花の首飾り」というのが、またスロー
「君だけに愛を」は早い曲だったもんでしたから、
今度はまたスローな曲で、バラード「花の首飾り」。
これはとてもメロディがきれいですね

これはタイガースでも初めて公募、懸賞募集されたものです
北海道の女学生が書いてくれた曲なのです
まあ、あの、これで我々はちょっとうるさいな、歌謡曲風だなと
思われていたのが払拭されたような気がしました
大人のファンの方がとっつきやすいというか、この曲だったらということで受け入れられた
僕ぁそうは思いませんけども、一般的に言えば、
世間的に認知されたのがこの曲なのではないかと思いますけれ

この曲というのは、少し触れましたけど
一般募集、公募で13万人以上の方からの応募があって
それが一曲当選して、この曲が武道館で発表会されたわけです
このときに武道館コンサートをやったわけですけど
このコンサートが日本人タレントとしては武道館を使用した初めての
記念すべき公演となったわけです
もちろんそのときはそんなこと何も考えておりませんでしたけど
そういう記録になっているそうです
「花の首飾り」です。ザ・タイガース
♪♪

その後、アナウンサーが
「6枚目のシングルです」とシーシーシーを紹介しました
posted by メイ26 at 22:33| 兵庫 ☁| Comment(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2014年07月22日

アーティストBOX(2)

二回目からはピーのコメントありでした
話し言葉を読みやすくするために多少編集しました

ここからは
ザ・タイガースのドラマーであるピーこと瞳みのるさんのコメントをお聞きいただきます
デビュー曲の僕のマリーから君だけに愛をの楽曲までのエピソードを
お話してくださいました

「アーティストBOXをお聞きの皆さん。ザ・タイガースの瞳みのるです
タイガースが解散して長くたって、また再結成されて昨年末に行われました

我々のデビュー曲は「僕のマリー」1967年です
その後にシーサイドバウンド。

これは、この曲がブレイクしまして、
それで逆に僕のマリーが売れたという、そういう思い出の曲でありますけれど

シーサイドバウンドは
三浦海岸へ行ってレコードのジャケット撮り、写真撮りを行ったので
誰もいない海岸で、ちょっとまだ夏には早い頃
もちろんこれは夏に向けての曲作りですので、季節がひとつ早いんですね
そういう思い出があります

僕のマリー、シーサイドバウンド、そしてモナリザの微笑
スロー、クイック、スローというような形でその後にモナリザの微笑
どちらかというと僕たちはなんとなく歌謡曲ぽいなあという感じがしましたけど
作曲者すぎやまこういち、作詞者橋本淳というのは
まったくヨーロッパをイメージしていたようで
和風のそういう曲調、詞ということではなかったようなんですけど

その次に「君だけに愛を」という曲がまたリリースされたわけですけども
この歌を聴いたときにはほんとにビックリしましたですね
すごく斬新な感じがしました

以前やっていたタイガースの頃、そしてまた復活したタイガース
そして私自身、ソロで今ライブをやっておりますけども
いまだにやはり、新鮮なそういう曲
やはりメロディがいい、やはり音がしっかりしているということなんでしょうね
そういう風な気がします (←ここよく聞き取れませんでした)
すごく斬新な曲。ということで、聞いてびっくりしました」


と、いうことで「君だけに愛を」がかかりました
posted by メイ26 at 19:00| 兵庫 ☁| Comment(2) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2014年07月21日

アーティストBOX(1)

ピーサイトでお知らせのあったラジオ番組
四国放送で録音できてました^^

1965年「サリーとプレイボーイズ」の結成から
田園で歌っていたジュリーをスカウトしてファニーズへ。
1966年「ナンバ一番」のオーディションに合格して専属バンドになり
ローリングストーンズのカバー曲を中心に演奏活動
すぐにファンクラブが結成され、300人の会員がいた
関西エレキバンドコンテストで優勝して瞬く間に「ナンバ一番」のトップとなり
内田裕也さんの目にとまって、渡辺プロにスカウトされる
デビューが決まったファニーズはナンバ一番でさよなら公演を行い、上京
すぐに「ザ・ヒットパレード」の収録
直前にすぎやまこういちさんにより「ザ・タイガース」と命名され
1967年2月「僕のマリー」レコードデビュー

と、いう紹介でした。ピーの出演はなくて
「僕のマリー」と「シーサイドバウンド」がかかりました

朝5時20分には起きられないので、明日も留守録しておきます^^
昨日の神戸は法事で行けなかったので、今日は大阪でピーライブで~す
ジュリーには月末のフェスでお目にかかります



posted by メイ26 at 10:52| 兵庫 ☀| Comment(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2014年01月13日

FM世田谷

昨日の深夜番組
FM世田谷は前にピーが出たのかな?
その縁なのか、
当初はタイガース東京ドームのミニライブを放送するとかいって
盛り上がってましたけど
その後、音源はすでに市販されているものです。とトーンダウン
遅い時間ですが、休日前だったので聞いてみました

最初にストーンズのメドレー
Time is on my side
Satisfaction
Under my thumb

初期タイガースの市販音源は
サンケイホールのとチャリティショーしか知りませんが
たぶん後のほうです
これで一部が終わりました。と紹介があったので
一応ライブに沿った曲紹介かな?と思いましたが
ジュリーがファニーズに最後に加入したエピソードを話すとき
「沢田研二」と、呼び捨てだったのが気になりました
敬称をつけないなら愛称で統一すればいいのに。

で、二部はタイガースのオリジナル曲から
花の首飾り
君だけに愛を

でしたが、これ1982年の同窓会の音源だったわ~
「ザ・タイガース」のライブの紹介でありながら
不完全な音を流すとは。
と、この辺で興味がなくなり、TVに比重が傾きました(^^;)
全員揃っての再結成はジュリーの念願であり
中井マネージャーが五人の友情を壊してしまったことに責任を感じて
尽力してくださったこと
存命でいらしたら喜んでいらしたであろうことなど、
エピソードは熱いけど、それを語るDJさんの声が棒読みーー;
先日のFMココロの番組では
「シーシーシー」をシロー加入後のシングルと紹介する
根本的なミスがありましたが
DJさんのタイガース語りには愛が感じられました
それに比べると、この番組の目的はなんだったのか

後半のエピソードを語る時のBGMは
「フィナーレ」からの「ラブラブラブ」でしたが
ピーの渾身のドラミングの途中でぶったぎって流したのが
ライブ音源でもない、エキゾティクス演奏の
「色付きの女でいてくれよ」だったのには脱力しました
まあ、流す順番はライブに沿っていたけど
市販の音源だって探せば全部あるでしょうに
手抜きとしか思えません
タイガースを全く知らない人向けの企画だったのかしら~

といって、局あてに抗議のメールなど送りませんよ(^^;)
そこまで手間暇かける価値はありません





posted by メイ26 at 18:17| 兵庫 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2013年11月22日

TBSチャンネル1でレコード大賞

TBSチャンネル1で12月にレコード大賞と
有線大賞の映像が放送されるようです
すでにご存じの方もいらっしゃると思いますが
覚え書きとして書いておきます~

ジュリーが出ている回は

1972年 第14回レコード大賞
12/18(水)午後9:00~午後10:50
(再放送)12/19(木)午後11:10~深夜1:00
(再放送)12/25(水)午後9:00~午後10:50
(再放送)12/26(木)午後11:10~深夜1:00

1982年 第24回レコード大賞
12/19(木)午後9:00~午後11:10
(再放送)12/20(金)午後11:20~深夜1:30
(再放送)12/26(木)午後9:00~午後11:10
(再放送)12/27(金)午後11:20~深夜1:00

 1982年第15回日本有線大賞
12/1(日)午後8:00~午後9:20
(再放送)12/7(土)午前11:00~午後0:20
(再放送)12/8(日)午前8:00~午前9:20

ジュリーは出てないけど、懐かしいので見てみたい(^^)v

1968年第10回レコード大賞
12/17(火)午後9:00~午後10:10
(再放送)12/18(水)午後10:50~深夜0:00
(再放送)12/24(火)午後9:00~午後10:10
(再放送)12/25(水)午後10:50~深夜0:00

チャンネル1はCATVでも見られる方が多いと思うので楽しみですね~
それにしても12月は盛りだくさんw

90年代は出てないよね…

posted by メイ26 at 18:23| 兵庫 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2013年11月14日

NHKラジオ「すっぴん!」ピーのインタビューその2

「内田裕也さんは東京にでてくるきっかけになったけど
デビューはすぎやまこういち、橋本淳さんコンビで
特にすぎやまさんはやる気十分で。
その頃はビジネスライクにやってるのかと思ったら
君たちを見た時にやりたいと思った。
(コーラスの)レンジの広さがいいグループだと思った
といわれてうれしいです」

BGMで♪シーサイドバウンド
「明るくて太陽を感じさせます。
踊りながら演奏して歌うのは大変だと思いますよ
僕は座ってるだけなので「ようやってるわ」と思うけど
僕も踊りに出られればいいんですけど。

すぎやまさんの曲はクラシック系なんです。
当時は歌謡曲だと思っていたけど
クラシックをベースにおいていたのが他のGSとはちょっと違う
イタリアンとフレンチが一緒になったような
和風のだしだけじゃなくてミックスされたような感じです」

ユカイさん「♪君だけに愛をはプレスリーを彷彿とさせます」
「そうですか?(笑)歌謡曲でもリバプールサウンドでもない。
GSの代表曲だと思っています」

「沢田のパフォーマンスがすごい。そういうところは天才的
後ろで見ててそう思う。ようやるわ~って
言われてやったんじゃなくて自然に出てくる。ショーマンですね」

♪花の首飾り
「カップリングで沢田と加橋かつみが歌って
加橋かつみが初めてリードボーカルをとった記念すべき曲です。
両方A面ですが基本的には花の首飾りがA面
その屈辱を沢田が感じてその後がんばったという」
ジョンレノンがポールのイエスタディを聞いて悔しがったのと一緒ですね
「そういうのがバネになるんですね」

瞳さんが一番好きな曲だそうですが
「すぎやまこういちさんも自分が作った中でこの曲が一番好きだそうで
二時間ほどインタビューしましたけど、まだ心の若い先生です
写真撮る時に“はい、ピース”ってするんですよ
もう80いくつなのに気持ちがものすごい若い」

この曲は沢田さんが歌うと思われていたのではないですか?
「関係者もそう思っていたけど大逆転があって。
なかにし礼さんも沢田が歌うというので『やったー』と思ったそうですが
音が高いところがあったので、加橋かつみが歌うことになりました
他のメンバーも知らないと思います」

「ザ・タイガース花の首飾り」について
本人もすぎやまさんも知らないことをまとめました
歌詞は白鳥の湖から来ていて。またそれは羽衣伝説からきていて
鳥と人間の交歓という。
ちょっと踏み込みすぎかも。と思うので
退屈だったらここは飛ばしてください
(発表から)50年近いからここらで残しておかないと
明治時代の曲でも作詞作曲の詳しいことはもうわからなくなっている。
僕らにとっての名曲なので、
関係者がまだいらっしゃるここで今やっておかないと
この先になるとあの人がいない、この人もいない。ということになる
メンバーだって僕が先にいくか、彼らが先にいくか、みたいな

関係者が健在でいらっしゃる今のうちに。「今でしょ!」ですか(^^ゞ

「(執筆は)足かけ4年になるんですけど
なかにし先生が病気になられて、最近治られたので
10月にインタビューしたばかり。その前は2年前とかラグがあります
なんだよこれつまんない。と言われるかもしれないけど
僕としてはやるべきことをやったつもりで、一所懸命書きました」

タイガース解散後の話
「教師にはぜったいならないと思っていたけど、
万が一のためにとおもって教員免許はとってたんです
で、やりたくないんだけど何もやることがないからいいかと思って。
それも1、2年のつもりだったのに、33年もやってしまいました。
どうなるかわからないもんですね」

「元タイガースと言うことは周りから言われることが多くて」
布施明?て言ってたのは「僕は伏せていた」というシャレか?ちょっと聞き取れず
「僕は欲張りで、タイガースの時も楽しんで、大学も楽しんで
二重に楽しみました」
「戻りたいと思う気持ちは完全に押さえた。
結局押さえていたのでどっかで浮き上がって
今回のようなことがあって復活した。家庭の事情もあったんですが」

「夢は押さえられないものがあって、ステージが恋しいというのでなくて
自分の心の深くにあるものがふと上がってきて
それは素直に認めないといけないけど、
そういうもんだと思って押さえてきました」

「タイガースで一応日本一になれたので、その後不様な生き方をしたくないと思いました
タイガースが僕を育てたということですね」

「同窓会の時は81年から83年まで北京に留学していて
帰って来てからそういうことをやったようだと知りました
その前にもなんかあったような(ウエスタンカーニバルのことと思われ)
僕は直接聞いてなくて、学校の配慮があったのではないでしょうか」

そこまでかたくなではなかった?
「意識の下の方にはあったけど、表面の方には絶対なかったです」

「国語教師として採用されて現代文から入り、
辞める前15年ぐらいは中国語をもっぱら教えてました」

再結成の話
「中井さんが2008年10月に文化祭に来てくれて名刺をおいていかれた
寡黙な方で、かっこいいんですよ
僕も誤解があって、あれは会社の回し者だと思っていたんですけど
会うなり、
申し訳なかった。会社の方針でみんなの意に染まないことをさせて
それが原因で解散してしまって責任は俺にある
と、初っぱなからいわれてぐらっときました
散らばったグループをもういっぺん集めてやりたいと
中井さんはずっと思っていたようです
新入社員で最初に扱ったタレントなので思いが強かったんだと思います」

SONGSの話
「公の電波で私情をだしたらいけないんだけど
三番まで岸部が歌詞を書いていたけど、森本太郎が
三番はクサい!と言って却下(笑)
別のを書けと言われたけど、俺は書けないと言って沢田が書いたんです」

あの歌を聴いて関係ない人なのに泣いちゃいましたとアナ
「2週続けての番組で一番最後のトリで歌ったので
沢田ががどこに焦点を絞っているか、どこを言いたいのかと思って
グっときました。2009年になってから映像を見ました
前年の12/17に会った時は誰もこのことを一切言わなかったので
1月半ばぐらいに見てああそういうことだったのかと
あらためて熱い思いを感じました」

ザ・タイガースは今回が最後になってしまうのでは?とファンも思っていると思いますが
「お互いにもう若くないですから、
誰かが欠けてもおかしくない年齢にさしかかってきたので、
これが最後になるかも。来年はみんな別の仕事が入っているし。
じゃあ、再来年というと、再来年みんな元気でいるのか
生きてても元気でないとできませんから。
今回もシローが一回ぐらい出れるかなという感じで
みんな元気でいる間にやっておきたいというのが今回の結成ですね」

もともとバンド仲間で自主的に集まったバンドが44年ぶりだというのがギネスものですね

「そうですね。登録しましょうか(笑)
44年もあいたらたぶんメンバーが替わっているはず。
僕らは5人で一つのユニットですから、オリジナルメンバーでできるのは
…そうですね。ギネスものですね」

ユカイさんが「再結成ライブは僕も行かせていただきます」
ピー「ぜひきてください」ということで

♪同学(仰げば尊し)
でお別れです。
この歌にピーが付け足した部分がなんかの子守歌に似てることに気づきました。出だしだけね

37年間の思いを深いところまで話してくれたなあ、と思いました
中井さんと会った時の話は聞いていて涙が出ました
(long goodbyの話ではもう何度も泣いたので^^;)
花の首飾り本早く読みたくなってきました~

CDに落としたものを聞きながらひたすら入力しましたが
あまりに打ち間違いが多くて自分でも判読できず(^^;)
ところどころは繰り返し再生しながらゆっくり入力し直したけど
ゆっくり打っても間違える~。寒いのと歳のせいでもう指が動かへんわ;;
なので、聞き取れなかったところ(あるいはメモを判読できなかったところ)は
そのままにしました。すみません




posted by メイ26 at 21:28| 兵庫 ☁| Comment(12) | TrackBack(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

NHKラジオ「すっぴん!」ピーのインタビューその1

すっぴんラジオ聞き直しました
ニュース天気予報をカットしても一時間ちょっと話してた~
書き起こしは無理なので、内容だけ

リスナーからのお便り紹介の後
まずはピーのプロフィール紹介
1946年京都で生まれてから12/3に再結成コンサートが始まります。
というところまで(はしょりすぎ?)
現在は中国文学の研究もされています。

あと2週間ちょっとですが
「いよいよですね。僕らもドキドキしています」
「オリジナルメンバーでは44年ぶりです」

ユカイさん小学生の頃からジュリーファンであったことをアピール
そのジュリーのいたバンドだからタイガースも興味ある
BSで放送されたほぼ虎僕のマリー練習風景を見て感動した
GSといえばタイガース、でバンドの先駆者ですよね

「それまでは歌と演奏はセパレートで、スパイダースとブルーコメッツが
僕らの上にいた。彼らがいたから僕らが出てこれました」

ユカイさんは超アイドルだったタイガースが寄せ集めではなく
幼なじみの仲間から始まったことがすごいと何度も言ってました
その幼なじみが44年ぶりに集まって、どうでしたか?

「実はリハーサルは明日(14日)からなんです
それまでにコーラスやリズムセクションはたまに会って練習してますが」

2年前のコンサートまで40年間ドラムは叩いてないんですよね。趣味のレベルでも?
「スティックはchopsticksぐらいしか持ってません」
chopstickss=箸ですね。
「すいません」←1回目の(笑)ポイントw

「リハビリみたいなもんでぼちぼち始めて、なんとか間に合ってよかった
沢田の足を引っ張らなくてすみました
現役でやってる人に『瞳が(ヘタで)~』と言われたら面目まるつぶれですから。
基本は毎日練習しています」
噂では当時よりうまくなっていたとかw
「いやいや~」と謙遜

岸部さんとのリズム隊はどうですか
「彼は僕の音を聞いてないんじゃないですか(笑)
でもこないだ会った時に、沢田に
『今度は僕とピーがきちんと守ればいいんだよ』って言ってて
え~、そんなことサリーが言ったの初めて聞いたよ。て(嬉)」

ピーはタローサリートッポのことはフルネームで呼ぶけど
なぜかジュリーのことは『沢田』です
「沢田がいてくれたからこうして戻って来られました」

前回トッポが参加しなかったことについて
「僕らは横並びですから。ここは譲れない。みたいな。
いまだに少年みたいなところはみんなあります」
ここでユカイさんが“ステージ見ても横に並んでますもんね~”とボケたことを言うので
「縦に並ぶわけにはいきませんから」

「こないだユニフォームにチーフをいれるポケットをつけたら
加橋かつみが電話してきて、なんでそういうことするんだよ。と言うから
ポケットぐらいでそんなこと言うなよ。最初のユニフォームだって
僕だけ肩章ついてなかったし。あの時もみんな一緒じゃなかったんだから
と半世紀も前のことを言ったら、アイツさあ~、
オマエは好きなようにやれ!ってがちゃっと電話切っちゃって。
大人げないでしょ」
バンドやってるとそういうころありますね。ケンカしなくていいことでケンカして
「つまらないことでかっかしちゃってね」

2年前にツアーをやったところなので今回は演奏に不安はないと思いますが
今回はバックバンドがいないんですよね
「助けてもらいたいんですけど。実は裏に影武者がいるかもしれませんね。
僕は叩いてるふりだけで」

フォローのつもりか、バンドはうまいへたじゃなくて全体の雰囲気だとユカイさん
ザ・フーもドラムをうまいやつに替えたけど全然ダメだったという話に
「フフフ~」シャレよねこれw
一人うまいのを入れて全体がよくなるかと言ったらそれはまた別で、
誰か死んじゃったらできないし。には
「それは誰か?who?」と、教養ある親父ギャグを決めたところで

♪老虎再来

「タイガースが今日あるのは、亡くなった中井さんのおかげですが
再会した時にキャッチフレーズを考えろと言われて
ん~~っと考えて出来たのがこれ。虎が帰ってきた。
帰って来たヨッパライみたいですけどw」

そしてメンバーとの出逢いを語ります
「初めて沢田に会った時はチンピラかヤ〇ザかな。みたいな。
トーンが違っていた。その後つきあっているうちに我々風になってきました。
尖った靴も丸くなって」

メンバーがピーを中心に一人一人集まってきたのを
ユカイさん里見八犬伝ならぬ里見五虎伝ですね。と言ってたけど
それを言うなら「瞳五虎伝」または「瞳発見伝」でしょ
ー←自分で気に入った
どうしてもジュリーのことが気になるらしく、
当時から歌うまかったですか?何歌ってました?と聞きまくるユカイさんw

「彼は華はあるんですね。自分のことを棚に上げていうなら、
最初はそんなにうまいとは思わなかったけど、彼自身謙虚だから、
常に勉強して先のことを考えてどんどんうまくなっていきました。
歌っていたのは朝日のあたる家とか、ビートルズ、ストーンズなど
彼のパフォーマンスは素晴らしくて
(元歌の良さを)普通の人が80%しか出せないところを120%出していた
加橋かつみが歌うビージーズも本家より透明感がありました」
※この部分「ジュリーの歌がうまいと思わなかった」ということだけレポする人がいたので、
 また曲解されるといやだから特に詳しく書いておきました


なぜかここで♪「ハーフ&ハーフ」カラオケバージョン

リスナーからお便りで、お母さんから電話でタイガースのことを言ってきたので
今その瞳さんがラジオ出てるよと教えたら即電話切られました。に
「電話急げ」・・・これは黙殺されました(^^;)

ファニーズでリーダーだったのは
他にマネジメントできる人間がいなかったから。
最初は「サリーとプレイボーイズ」(なぜか大受け)
ストーンズやビートルズ、ディーブクラーク5のコピーをしてました
ストーンズは舞台でやるとノるんですね。ビートルズは曲がきれいで。
リズム的にはストーンズの方がおもしろいです。ドラムは単調でしたけど」
タイガースと言えばコーラスが特徴ですが、ストーンズでは出せないですね
「その点ではビートルズですが、我々の方がレンジはビートルズより広いです」

ファニーズをやる前に、古谷充さんのバンドボーイをやってて、やめると言ったら
ロックなんかでメシは食えないよ。辞めるなよ。ここで歌歌え。と引き留められたエピソード
ジュリーがサンダースに引き留められたのと似てます
「でも、京都で待ってるからやめさせてください」と言って、無事合流

当時憧れていたドラマーは
「バディリッチやアートブレーキー(?すみません、どちらも知らない名前です
リンゴスターも雰囲気があって好きです」


かいつまんでと思ったけど、ついつい書いてしまって時間がなくなった~。続く


posted by メイ26 at 16:54| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2013年11月13日

NHKラジオ「すっぴん!」

今日は出勤だったので留守録設定したのはいいけど
なんか雑音多いなあと思ったら、NHK徳島ではないかw
オートプリセットで受信したのに、なぜ神戸を飛ばして徳島?
まあいいか。録音はできていたので
ピーのお知らせは出演時間も書いてくれるので
長時間録音しなくていいからありがたいです^^

前半はタイガースの話、後半はピー自身の話だったようですが
いちばん感動的なメンバーとの再会のくだりで居眠りしていたようです
すみませんm(_ _)m

ジュリーを初めて見た印象は
「先の尖った靴をはいてチンピラかヤ〇ザのような」でしたが
「だんだん我々の色に染まって靴も丸くなってきた」とかw
実況レポで「最初は歌はうまいとは思わなかった」と言われてましたが
そこは訂正!
彼は華があったけど、最初はそんなにうまいとは思わなかった。
 でも謙虚で、だんだんうまくなってきた」
「他の人が80%で歌うところを彼は120%で歌っていた」
と、ちゃんとフォローしてましたからね~(^^ゞ

じつはリハーサルは明日からだそうで
ええ~~っ。ジュリー一週間も何してたん?と思いましたが
コーラスやリズム隊はこっそり練習していたみたいです
サポートなしでやることについて
「実は後ろに影武者がいるかもしれません」なんて。
聞いたらわかるわよ~(^o^)WhiteChristmasのコーラス聞き取れんかったくせにw

おもしろかったのは
衣装にポケットを作ったら、とぽさんが電話で
「なんでそんな勝手なことするんだ!」と怒ってきたので
「これぐらいいいじゃないか。僕のマリーの時だって
僕だけ肩章がなかったんだから、最初からみんな一緒じゃなかったんだし」
kensyo.jpg
と、「半世紀前のことを持ち出して」反論したら

「あいつさあ~、ガチャッと電話切っちゃった」

二人とも60代後半なんですけど 。・゜・(ノ∀`)・゜・。
いつまでたっても少年のようなザ・タイガースでした

ダイヤモンド☆ユカイさんに言わせると
「地獄の底から響いてくるような」サリーの低音がいいんだそうですが
なぜか曲は「ハーフ&ハーフ」のカラオケバージョンとか

今覚えているのはこれだけなので、もう一回聞き直してから追記します

posted by メイ26 at 22:32| 兵庫 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

2013年11月10日

STVラジオ「桃栗サンデー」続き

ピーが菅原さんや有川さんの消息を探したりしているのは
「自分の人生にケリをつけたいから。
 今は俯瞰していろんなものが見えるけど、まだ見えないものがあるので」
「お皿の話なんてサラサラしたことはない」と、メモしてるけど意味不明w

ツアーパンフの話
厚みは五センチぐらいあって、パンフレットというより写真集ですね
「京大の磯前先生が資料を提供してくれて」と聞こえましたが
磯前先生の本とは別にパンフレットにも載っているってことか?

仲間との再会の話
「最初はお互いに探り探りだったけど、
 何時間も話しているうちに昔の仲間に戻りました」
「沢田が後から入ったという肩身の狭い思いをしていたとは知らなかった
 僕らは1:1:1:1:1だと思っていたから」
河村:そんな繊細な人だから
   その後ああいう人生があったのかもしれませんね

写真には加橋かつみがいないけど
「たまたま用があったのかと思っていたけど、いろいろあったみたいで。
 それもタイガースらしいなと思いました
 バンマスがいなくてみんな対等だったので化学変化みたいに光っていた
 スタッフも良かったし、ファンの方も後押ししてくれたので
 特異な現象としていまだに取り扱われている。
 単なるブームじゃ無くて社会現象なんです」

番組に食い道楽コーナーというのがあるらしいですが
せっかく瞳さんにお越ししていただいているのでそのまま^^
前日河村さんのご自宅で食事をして、
アシスタントの佳子さんの千枚漬けを「おいしかった」
「最近は変な甘みのあるのが多いけど、そんな甘みが入ってなかった」
佳子さんは京都の人に千枚漬けを出すのは緊張されたそうですが
よかったですね^^

そして最後に今日初めてのお知らせ~
トークライブに各地から来ていただいて、やってよかったと思ったので
来年6月から10月にかけてバンドを編成してドラムを叩きます(!)
前回と同じぐらいで20数カ所を考えてますが
札幌は10月3日サンプラザと決まっているそうです

さらにさらに今日発売の文藝春秋のコラムのこと
ジュリーは、偶然だったらピーも話してくれるじゃないかと思って
通っていたんだと中井さんから聞いてじわーっときました
「本人は面と向かってそういうことは言わない。シャイなとこがあるから」
ここで「long goodby」の三番の歌詞が紹介されて
ピーの返歌「道」が流れます

38年の空白を超えて集まれたのは亡きマネージャーの思いがあってこそ
「バラバラにしたのは自分だからもう一回集めようとしたんですね
 会って一番最初に言ったのは、申し訳なかった悪かった。ということでした」

河村さんは感激で涙ぐんでるような感じで
「今日届いたメールはピーに渡しとくよ」とリスナーに言ってました

だいたいこんな感じでした。ということで。二時間ぐらいあったかな?
気象情報やCMを早送りしながら聞いたのでピーの話も早送りした箇所があったかもしれません;;






posted by メイ26 at 23:12| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする

STVラジオ「桃栗サンデー」

今日もチケもパンフも来なかったー(ToT)
でも、田舎から新米が届いたー(^O^)/
そして北海道からラジオ便りも届きました。ありがとうございます

ピーは昨日札幌着で、番組スタッフが空港へお迎えに行かれたそうです
学校の先生ぽい人を想定していたら
「チョイ悪風な人」が出てきたそうでw
芸能界でやっていらした人だというオーラを感じられたそうです

番組ではまず、リスナーへの紹介として
パーソナリティの河村道夫さんが
ピーのこれまでの歴史をさらっとおさらいしますが
詳しくは「ロンググッバイのあとで」をお読みください。
ということですw

タイガースは4年間しか活動していないのに
40年ぶりに人見さんが出てきてこんなにわーっとなるのは
どれだけ人気バンドだったかわかるでしょ

P「僕らは歌って踊って演奏できるバンドでしたから。
 ジャニーズとスパイダースとブルーコメッツを足したような」

ザ・タイガース札幌公演のチケットがとれなかったリスナーには
P「お気の毒ですね;;」

進行表がないそうで、思いつきでしゃべってるような感じでした
僕のマリーはあんまり売れなくて、
次のシーサイドバウンドで広く知られるようになったこと
P「僕らは踊りながら演奏しますから。スパイダースは全員は踊れない。
 堺さんや井上さんはできてもカッペちゃんや大野さんはできない」
「花の首飾りの頃には、人気投票やTVラジオのランキングがあるから
 タイガースがどれくらいの位置にあるかは(客観的に)わかっていた」
そしてトッポが辞めた時に
「それまでは自分を見直すということをしないできたから
 自分の思うようにはいかないんだということが初めてわかった」

やがて武道館での解散コンサートを迎えますが
当時武道館でコンサートなんて考えられなかったという河村さん
「初めて武道館を使ったのは花の首飾りの発表会の時ですが
 ビートルズを見に行った同じ会場で
(日本では)初めて使わせてもらったことにすごい感激しました」

その日のうちに京都へ帰って受験勉強の日々
「2年はやりたくなかったですね。虚仮の一年です」
それは「一念」です先生ww
そうして合格した大学の入学式の写真がマスコミに出たらしく
河村さんがピーを見たのはそれが最後だったそうです
でもその写真は
「盗撮されました」もう時効だから許してあげて~。てか私記憶ない;;

花の首飾り本を書こうと思ったきっかけは
「作詞が公募で、審査員がダントツで推したのが菅原房子さん。
 その後フジテレビへお越しになって、一度お会いしているけど
 メンバーはうろ覚え。
 タイガース最大のヒット曲なのに出自がはっきりとわからない
 それが喉につまった骨のようにずっと気になっていた。
 歌った加橋かつみが調べるべきなんだろうけど、
 彼は興味がないみたいなので、じゃあ僕がと」

河村さんともども、
55歳ぐらいになると今一度自分の人生をたぐりよせたくなるそうです
そしてもうひとつの公募曲「白夜の騎士」
「タイガースで公募した2曲がどちらも北海道の方だったので
 是非知ってみたいといろんな方面から迫りました
 花の首飾りの後なので、さらに応募が広がって25万通あった
 菅原房子さんのことはわかりましたが、
 有川さんのことは杳としてしれない
 堺正章さんなどに詞を提供している作詞家の有川正子さんだと
 ウィキに書いてあったので手紙を差し上げたら
 まったくの別人だとわかりました」

瞳さん会いたいですよねえ「会いたいです」というやりとりがあって
ご存じの方はぜひお知らせください、と番組の電話faxメアドをお知らせ
でも“その辺のティッシュケースの箱にメモしてください“ってなんで~
この番組でのお決まりなんでしょうかw

この後も番組中何度か呼びかけておりまして
「テレビ局の媒介なので資料が残ってない。
『まさこさん』か『しょうこさん』かもわからない
 年齢は60歳前後。当時女学生だったので。
 君は可愛い女学生~♪ とはもちろんピー先生は歌ってません(誰も歌ってないからw)

結果を先に言いますと、標津の61歳男性から『自分が行っていた学校の
有川先生と言う方の娘さんが一度作詞に当選してTVに出た』
というメールがあったそうです
パーソナリティの河村さんの方が感激して涙声になっていました
ピーもうるうるしてたのかもしれません

お話はもう少し続きますが、いったんupします
パーソナリティの方が迎えにいらして、1日話しておられたそうですが
『ダジャレが多くて』だったそうです
この日もどんな流れだったか「皿の話などサラサラしたことない」とか
「今日は雨がしとしと日曜日」とか←これはダジャレじゃないけどw
空気を固まらせては「すいません」と笑っておりました

そんなピーですが、今日発売の「文藝春秋」巻頭コラムでは
学校の先生みたいな文章を書いてますwダジャレはありません
発表誌によって文体を変えられるのね~
自由が丘の「金田」ではなく、「金田中」なのは
築地に「金田中」という料亭があって、
そこよりは気が置けない自由が丘のお店という意味だそうです
『下町のナポレオン』のお店版ね^^
山口瞳さんや伊丹十三さんや沢田研二さんもいらしたけど
誰とも会わなかったという話でした。たぶん
(すみません。今日は立ち読みだったのでちゃんと覚えてません)
 15日に出る本とまとめて注文しようと思って(^^;)



posted by メイ26 at 21:28| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・ラジオ | 更新情報をチェックする